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手が届くなら錯誤(11-7)
 さっきは探してる割りには早足だったからあまり出店をまじまじと見れなかった。りんご飴の出店はいつもあそこいら辺に出してると分かってたんだろうな。出店には輪投げとか、お面を売ってたりとか本当お祭りの雰囲気だ。あ、お祭りなんだった。
「それにしてもすっげェな。ここいら辺じゃ一番でかい祭りなんじゃないか?」
「時期もお盆と重なるから、ここを出て都会に行った人たちが帰省してるからってのが大きそうですよね」
 その後も小谷先輩は「懐かしい」とか「あれ食ってみたい」とか色々言ってる。歩きながらだから、あまり気にも留めてなかった。
「翔平、射的やろうぜ」
 足を止めてアピールしてきた。二発五十円か。やってもいいな。
「じゃあ勝負な」
「受けて立ちますよ」
 小学校低学年の頃は射的がうまかったから自信があった。先輩も自信がありそうだ。
「まず俺から」
「二発で五十円だよ」
 先輩は店のおばちゃんにお金を渡した。そして銃を受け取った。慣れた手つきで弾をこめる。並べられた的に目を眇める。僕もそちらを見る。ぬいぐるみだったり、お菓子だったり、色々あるが大きさ、重さはどれも同じくらいだろう。先輩がこちらを向く。
「外したら負けな」
 そう言って、ニヤリと笑った。本当に自信があるんだな。先輩はしっかりと銃を構えて、狙いを定めた。
 ……一発目は外した。
「後もう少しだったんだけどなァ」
 悔しそうにしながらも次の弾をこめる。
「今度こそ」
 深呼吸をして息を整えた。そしてゆっくりと構える。しかし不思議だ。両手でしっかりと銃を持って、射的するなんて真面目すぎる。こんな狙い方で果たして当たるのだろうか。僕の疑問を余所に先輩は二発目を撃った。
 ぽと。当たった!
「おめでとう。ストラップね」
 万華鏡のストラップだ。初めて見た。先輩は受け取って僕に見せびらかしてきた。くっそお。勝ってやる!
「僕もやります」
「ありがとね」
 おばちゃんにお金を渡して、銃を受け取った。射的といったら、この狙い方だろう。身体を乗り出して少しでも的との距離を縮める。そして一発。
 外した。かすりもしなかった。ショックだ。久しぶりで感覚が掴めてないのかな。弾をこめると野次が飛んできた。
「次外すと負けだぞー」
 そんなの分かってる。深呼吸をする。さっきの先輩の気持ちが少し分かった。
 さっきより身を乗り出そうとしたらさすがに注意された。さっきと同じくらいの距離でまた構えた。片目を閉じて……今だ!
 スカ。カスった。
 が、落ちなかった。
「こ、これは?」
 恐る恐る訊いてみたが
「残念。落ちないとだめだよ」
 結果は思ってた通りだった。ガクッと頭を落とした。そうすると肩をポンポンと叩いてくれる人が居た。
「そこまで落ち込むなって。な? 罰ゲームがあるってんじゃないし」
 先輩だった。笑顔に励まされる。先輩は勝負と言ってたが、何も賭けてない。何もしないのも申し訳ないな。かといって先輩に対して何かできることは……。
 何も考えつかなかった。僕にできることって本当に少ないんだな。というか、僕が居ることで迷惑になってるかもしれない。
「行こ」
 僕は何も答えずに先輩の後ろをついていく。祭りの喧騒が今はうるさく感じる。すれ違う人々の楽しげにしてる姿が目に付く。楽しげな声、金魚すくいで一喜一憂してる人たち、今はそれがうざったく感じ、すぐにでもここから抜け出したくなった。
 色々なことを考え、感じてると、前を歩いてる先輩が足を止めた。ここはさっきのところより静かだな。
「お、戻ってきたか」
 温かく迎えてくれたのは藤井先輩だった。さっきの場所に戻ってきたのか。
「俺はもうちょっと巡ってきますね」
「おう」
 小谷先輩が踵を返して僕の横に来たところで止まった。
「ごめん」
 弱々しい声音で言われ、僕は何も言い返せなかった。そしてゆっくりと歩き始めところで振り返る。人ごみの中に紛れ込んでいった。僕はその様子をただ呆然と見てるだけだった。
 何も言えなかった。なんて声を掛ければ良いのか分からなくて。
「そんなとこで突っ立ってないでこっち来て座ろう」
 藤井先輩は石段のところで両手を振って待っていた。少し考えた後、早足で駆けていった。先輩の三段ほど前の石段の端っこでちょこんと座り身体を縮める。
 僕が来たのは迷惑だったのかな。たとえ、迷惑だとしても本人の前で言うなんて心がねじれてる。だとしたらやっぱり迷惑だったんじゃ……。小谷先輩に会うのは嬉しいけど、それで小谷先輩がどう思うかなんて考えてなかった。もともとは大輔と一緒に来る予定だったからそれで何か険悪な雰囲気になってもどうにかしてくれると思ってた。そういえば大輔は今どこで何をしてるんだろう。無性に声を聞きたくなって考えたときにはすでにケータイを持ってた。
 あれ? 光ってるぞ? メールか電話でも来てたのかな。気づかなかった。確認してみる。
 新着メール:一通
 メールだ。開いてみると……大輔! 内容は『行けなくてゴメン! 隆先輩にはもう会えた? 今夜電話っすから』
 寝てるときに届いてたのか。起きてからは準備で忙しくて、ケータイを見てる暇がなかったからな。
 電話掛けてくるって言ってるから、とりあえず「会えた」ってことだけを返信しておこう。
 ……送信完了。ケータイを閉じて、ポケットに突っ込んだ。
「なになに、彼女?」
 上から声が聞こえてきた。藤井先輩か。
「違いますよ」
 先輩は僕の左隣に座ってきた。距離は人半分ぐらいかな。結構近い。
「仲間だ!」
 そう言ってぐいっと右肩まで腕を回され叩かれた。スキンシップが激しい。でも今はそんなスキンシップが心に染み渡る。
「さっきさあ、キャプテンが彼女と一緒に歩いてるの見てへこんだ」
 先輩はガクッと肩を落として、はあ〜と深いため息をついた。よく感情を表出させるよなぁ。僕もそれができれば楽になれるのかな。
「生きてきた年数が彼女いない暦と同じ俺には彼女がどんな存在なのか分からないぜ。翔平くんはどうなんだ?」
「僕も同じですよ」
 小谷先輩にとっての佐藤さんの存在がどれほどのものなのかが分からない。やっぱり、僕と小谷先輩は色々と違いすぎる。佐藤さんと別れてまでここに来るのは意味があることだったのかな。
「同志よ! でも何がいけないんだろうな。アピールしまくりだってこと?」
「僕はそういうアピールしてないですけど……。生まれ持った運命?」
「そんなこと言ったら、俺とか一生無理じゃん」
 何でか恋愛談義になってる。でもこういうのも良いな。藤井先輩は逡巡した後、「あれだよ」といって目を輝かせた。
「人生に三回来るモテ期ってやつが俺らにはまだ来てないんだ。その差だ」
 それはある。大いにある。モテ期って感じたことは人生で一回もない。でも調子に乗ってその時期を逃すと彼女できないんだろうなぁ。
「今まで彼女いるやつら恨めしいと思ってたけど、そういうことだったのか。やっと理解できた」
「それもあると思いますけど、チャンスは逃さないようにしないと」
「そうだな。大事だよな」
 藤井先輩は一人でテンションが上がってる。僕も彼女ほしくない訳じゃないけど、ほしいかどうかと聞かれれば、そこまでほしい訳ではない。今はそんなことより小谷先輩と仲直りしたい。
 その後も好きなタイプの子とかコイバナ真っ盛りだった。
 やがて、小谷先輩が人ごみの中から出てきた。急に緊張感が高まる。藤井先輩の話が耳に入らない。小谷先輩は右手に何かを持ってるようだった。手を振って近づいてくるから藤井先輩に教えた。
「おー、お帰り。もうすぐ花火始まるぞ」
「すみません。ちょっとてこずっちゃって」
 てこずる? 何をだろう。小谷先輩は一直線にこちらに向かってきて……僕の前に立った。石段の段差で座ってるのに目線が同じくらいだ。そして右手に持ってた物を差し出してきた。
「俺のとお揃い。さっきの万華鏡ストラップ取ってきた」
 真顔で言われたその言葉に重みを感じた。僕は右手を差し出す。
「ありがとうございます。でもどうして?」
「なんて声掛けてやればいいか分かんなかった。だからこれで引き分け」
 無理に笑おうとして顔がぐしゃぐしゃになってる。先輩のバカ。心の中だけで言う。その不器用さに涙が出そうになったが寸前でこらえた。僕のためにこんな頑張らなくていいのに。小谷先輩は僕のために何をできるか考え、行動した。僕も先輩のために何ができるか考えて行動してみよう。
 ――普段通りに接すれば良いんじゃない?
 おばさんにそんなことを言われたのを思い出した。簡単なようで、実は難しい。でもこれができたときには
「いい雰囲気だねえ。つか、相思相愛すぎるだろ!」
 と、ここで花火の一発目が天空に舞い上がった。身体に花火の爆音が響き渡る。家で感じたものとは全然違う。みんな立ち止まって空を見上げる。僕は花火で照らされた人たちを見てた。
「たーまやー。楽しもうぜ」
 その後は「一気に来た」とか、「あれきれい」とか花火に対することを話しながら楽しんだ。

***

 怒涛のごとく花火が打ち上げられ、静寂に包まれた。
「終わりか?」
「みたいですね」
 先輩二人の会話を聞きながら、僕は感慨に浸ってた。今日は花火を見てるってひしひしと感じた。花火なんてむなしくなるだけのものだと最近は思ってた。だけど、やっぱこうやって人と一緒に見るのは良いものだと感じさせてくれる。先輩二人はもうすでに下に降りてた。僕も遅れて行く。
「そういや、二人とも飯は食ったか?」
「まだですね」
 りんご飴を食べたぐらいだけど、なんかもう花火でお腹いっぱいだ。この満たされた状態でも良い。
「俺んちで食うか?」
 誘ってくる藤井先輩本人は食べたのかな?
「悪いですよ。そこまで腹減ってもないですし。翔平も食べるならうちで食うだろ?」
「あ、はい。でもお腹いっぱいなんで大丈夫ですよ」
「本当二人仲良いんだな。これからもこうして会うのか?」
 藤井先輩にもっともらしいことを訊かれ返答に窮する。今のことしか考えてなかったな。これから……これから。移動はなかなかに時間がかかるけど、小谷先輩がいやじゃなければ会いに来たい。藤井先輩とも顔見知りになったし。でも遠い分、お金がかかる。そこが問題だ。
「お金さえ工面できれば、これからも来たいと思ってます」
「そうなのか。そんときはよろしくな。あ、なんならケータイ番号交換する?」
「ぜひ」
 即答だった。
「いつでも連絡していいからな」
「はい」
 ケータイの電話帳に久しぶりに登録が増えた。と、ノリでやってしまったけど、あまり意味がないように思う。使うとしたら、小谷先輩の様子を聞くときぐらいか。
「帰るか」
 小谷先輩が少しイジけてるように見えた。藤井先輩と僕を結ぶ接点の人だ。お礼を言っておこう
「小谷先輩、その……ありがとうございます」
「びっくりした。翔平も人間関係築くのうまくなったな、と思って」
 そう言ってふふっと自嘲した。中学校に入学したての頃は本当に人と付き合うのが苦手だった。そんな中、会ったのが小谷先輩で……小谷先輩と会ってなきゃ今のようにはなってない。本当に小谷先輩には感謝しても感謝しきれない。
 そういえば、小谷先輩も中一のときは僕みたいだったって聞いた。そういう点で見ると僕も少しは小谷先輩に近づけたのかな。
 出店ももう店じまいをし始めてるところもあって、祭り客も帰り始めてる。僕たちもその流れに乗って、公園の出口まで来た。
「藤井!」
 この声は。三人揃って後ろを向いた。あれは。
「キャプテン!」
 と、隣に居るのは女の子? さっき藤井先輩が言ってた『彼女』なのかな。キャプテンは堂々と歩いてきて、彼女は恥ずかしそうに来る。対照的だ。
「小谷と……えーと、翔平くんも一緒だったか」
 なんだか申し訳ないな。クラブチームに入る訳でもなく、一期一会のことなのかもしれないのに。藤井先輩がキャプテンのところに行き、肘をつつく。
「キャプテーン、『彼女』と俺らの前に現れるなんてあてつけっすか?」
「そうじゃない」
 断固として否定した。彼女じゃないならなんなんだ。女の子と二人で祭りに来るなんてそういう関係以外に考えられない。女の子は申し訳なさそうに俯いてる。やっぱキャプテンが言ってるように『彼女』じゃないんだろう。言われてみれば、背はあまり高くないし雰囲気もどことなく幼い。中一ってところかな。キャプテンは女の子の頭を優しく叩いた。
「親戚の子だ」
 女の子はぺこりと一礼する。その様子に僕たち三人は唖然とする。なんというか似ても似つかない……って親戚ならおかしくないか。
「恥ずかしい話だが、この子が俺に会いたいって俺んとこに来たんだ。じっとしててもつまらないだろうから、祭りに連れてきたんだ」
 ほ、ほぉ。僕以外にも遠方から来てる人が居たのか。急に親近感がわく。仲良さげに見えたのはそういうことだったのか。
「キャプテンモテモテじゃないすか。この調子で彼女も作ったらどうです?」
「ば、ばかっ! 茶化すな」
「そういう純粋なところがいいんですって。ガッコーでも後輩の女の子が『先輩』の純粋無垢なとこがいいって騒いでましたよ」
「だから俺はそんなんじゃ」
「モテ期って人生に三回しか来ないらしいっすよー。この期を逃したら次いつ来るか分かりませんって」
 藤井先輩のからかいにキャプテンが焦ってる。本当に仲が良いんだな。話を聞いてる限り同じ高校みたいだし。さっきの僕と小谷先輩もこういう風に見えてたのかな。
「もういい! 帰る」
 キャプテンはプンスカして歩を進めた。その後ろを女の子がついていく。と、僕らと少し離れたところで止まってこちらを向いた。
「ありがとうございました。おにいちゃん、よくあなたの話をするんです。急がないと。それじゃ」
 笑顔を向けられ思わずドキッとする。藤井先輩は女の子の姿が見えなくなったところで頭を抱える。
「俺にもあんな妹が欲しかった。人に愛されてえな」
 切実に話すその姿に嘘、偽りは一片もなかった。小谷先輩が藤井先輩の方を向く。
「藤井先輩は兄弟いないんですか?」
「いるよ。生意気な弟が二人な。ゴメン、俺もうちょっとここに残る」
 感傷に浸るときは家じゃないんだろう。弟が居るからかな。一人っ子の僕にはわからない。小谷先輩が少し離れたところで僕を呼んでる。
「翔平、帰る?」
「藤井先輩は一人になりたいんじゃないんですか。なら」
「分かった」
 藤井先輩はへたり込んでて、負のオーラを噴出させてるのが遠めに見ても分かってしまう。
「俺ら、先に帰らせてもらいます」
「おう。じゃあな」
 僕は一礼する。藤井先輩は努めて明るくふるま……わなかった。言い終えてすぐに独り言をぶつぶつ言い始めてまた公園に戻っていった。小谷先輩は藤井先輩を見据えたまま呟いた。
「相当ショックだったんだろうな」
「あの子が彼女だったとしても落胆したんでしょうかね」
「だろうなァ。ああやって自分の気持ちに素直になれるのは憧れる」
 そうだなぁ。小谷先輩は自分の気持ちに素直になれずにここに引っ越すことを決めた。でも自分の気持ちに素直になる以上に、ここに来た理由がイマイチ分からない。僕には決定打が見えてこない。ここにはいずれ来ないといけないとは言ってた。でもお母さんと一緒に来年の春に来ることもできた。それをしなかった先輩の気持ちが分からない。
 って、今はどうでもいいか。もうこっちに来てしまったんだ。どうしようもないことだ。

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