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手が届くなら錯誤(11-4)
「さっきは人違いしちゃってゴメンなー」
 僕の右隣を歩いてる不真面目くんが肩に手を掛けて話しかけてきた。練習は不真面目だけど、案外良いところあるのかも。さっきからよく身体を触ってきたりとスキンシップが激しいが。不真面目くんと呼ぶのも失礼だと思ってきたが、苗字を思い出せない。ふ、ふ……なんだっけ。
「いいですよ。あの状況じゃ僕が小谷先輩に間違われてもおかしくありませんから」
「そんなことがあったのか」
 今度は左側を見ると前を見たまま俯いた先輩が呟いた。ちょっと寂しそう。先輩だって複雑な心境だろうな。なんたって身長が7センチも違う。不真面目くんは僕と小谷先輩の間くらいの身長だから、なおさらだ。それとも不真面目くんは小谷先輩の身長や外見の特徴やらも分からずに僕に話しかけてきたのか? だとしたらすごい度胸だ。小谷先輩は小さく息を吐いた。
「藤井がいなかったら俺らは会えなかったかもしれないんだな」
 そうだ、不真面目くんの苗字は藤井だ。違和感がある。言われてみればそうだ。そうじゃなかったら土地勘もなく、地図も読めない僕は未だにまだこの辺りをさまよってたかもしれない。
「そうだぞー、俺に感謝しなさい」
 藤井、先輩は口端を吊り上げて勝ち誇ったようにした。だがその直後目を細めて
「でも、ホントゴメンな」
 優しげな声音に笑顔がプラスされ、不覚にもときめいてしまった。やんちゃ丸出しに見えても藤井先輩は高校二年生だから、年齢で言うと僕の三個上になる。どちらかというと、藤井先輩はこんな先輩が居たら良いなという感じだ。それは大輔が居るからなのかな。大輔がもし先輩だったら……という感じがあるからそう思うのかも。大輔、何してんのかな。
「だから気にしないでいいですって。それにしても藤井先輩は僕の友達に似てるんですよ」
「先輩? 聞き捨てならないな」
 え、あれ。気分悪くさせちゃった? どこにそんな要素あった? 藤井先輩は眉間にシワを寄せて険しい表情をしてる。
「俺のことはたとえ年齢が上だろうが呼び捨てでいいよ。実際小谷だって呼び捨てだしなー。な?」
 藤井先輩の視線は僕を通り越して小谷先輩にいく。そういえばそうだった。不真面目くんの苗字を思い出したことによって小谷先輩が呼び捨てにしてたかどうかなんて全然気にしてなかった。
「ああ。ただ、翔平はそういう上下関係に重きを置いてるからどうだか」
 小谷先輩の言うとおりだった。
「頑張ってみます」
「おう」
 といっても藤井、との関係はこの先ないと思う。あるにしてもメールぐらいか? 実際に会うことはもうないだろう。
「そのことなんだけど」
 小谷先輩が急に前置きをした。何のことだろう。僕が上下関係を大事にするって話か?
「今日遅れてきたのにはワケがあってさ」
 そんなワケはなかった。どんな理由だろう? 気になるな。小谷先輩を注視してると、後ろから呑気な声がしてきた。
「小谷、お前かっけぇわ。あの場で言い訳がましく言わない姿勢に俺は感動した」
 着眼点おかしくないか。そんなことはどうだっていい。
「ありがと。学校までの道にクラブの監督がいてさ、道教えてくれって言うから教えたらアイス買ってくれて、それから長々と最近の若者の話をされた」
「はあ?」
 声が揃ってしまった。意味が分からない。どういうことだ。
「小谷って監督のこと知ってるんだっけ?」
「いや、そのときは知らなかったから色々と無礼なことをしちゃって」
「無礼じゃないだろ。見ず知らずの人の手助けしてる時点で俺とは違う」
 僕とも違う。そうか。体育館の掃除中に二人でやり取りしてたのはこのことだったのか。ふとラバーブレスを買いに行ったときのことを思い出した。あのときは大輔がなかなか来なくて、良いことをしたと思ったら少年に意味深なことを言われてへこんでるところに見た光景は忘れない。その光景は小谷先輩がおばちゃんの手助けをしてたことだ。やっぱり小谷先輩は変わってないんだな。
「てか、最近の若者って俺らじゃん。何の話されたんだよ?」
「礼儀がなってないとか、思いやりがないとか、我慢強さがないとかとにかく色々。多すぎて忘れた」
 小谷先輩は思い出して嫌になったのか深いため息をついた。気になったことが一つある。長い話の中でも覚えてる三つのことはよく話されたことだと思う。小谷先輩には申し訳ないけど、もうちょっと付き合ってほしい。
「どのぐらい話してたんですか?」
「一時間ぐらいかな。日陰でアイス食べながらだったんだけど、つらかった」
 そういうことか。小谷先輩がしたことと、監督が話したこと、これを照らし合わせてみると合致する。道案内は思いやりがある行為、アイスを素直に奢ってもらうことは礼儀があり、長々と話を聞くのは我慢強さがある証拠。ただ、これが何を意味するのかは分からない。
「試されてた」
 考えてたことをボソッと言ってしまった。小谷先輩には聞こえてたみたいですぐさま反応した。
「クラブに入る価値のある人間ってことか?」
「そんなことないだろ。だとしたら俺が入れるワケねーもん」
 藤井は自分が不真面目だと自覚してたのか。自覚してるだけ救いようがある。
「わかんないですけど、小谷先輩がこれからのチームに足る人格の持ち主なのか、それを判別してたんじゃないでしょうか」
「たぶんそんな感じだろうな」
「ううー。俺には難しすぎてよくわかんね」
 藤井が唸ってる。僕だってよく分からない。そうなんじゃないかって見解だ。小谷先輩はなにやら考え事をしてるみたいだ。自分なりの考えを出そうとしてるんだろう。と、交差点に差し掛かったときに藤井が道を曲がろうとするので僕もついていった。あれ、小谷先輩が来ないぞ。振り返ると小谷先輩は交差点のところで止まってた。
「小谷は真っ直ぐ?」
 胸がトクンと高鳴った。
「ああ」
「そういや、日比谷はどうすんの?」
 鼓動が速くなる。
「え、あ、あの」
 言い出すには勇気が必要だった。小谷先輩を見てみると、僕の答えを待ってるようだった。一旦つばを飲み込んでから大きく息を吐く。言おう。
「小谷先輩、僕も一緒に行っていいですか?」
 先輩は二回瞬きをして小さく頷いた。優しげな先輩の表情に救われた。やっぱり先輩は何も変わってないな。この旅の目的は、どうして僕たちに何も言わずに行ってしまったのかを聞きに行くということだったんだけど、どうでもよくなってきた気がしないでもない。
「決まったみたいだな。じゃあひとまずここでお別れだな。本日ひとはちまるまる、O公園だぞー」
「おう」
 そう言って藤井は去っていった。なぜか姿が見えなくなるまで見送ってしまう。
「行くか」
「はい」
 先輩の声に促されて僕は先輩の後をくっついて歩く。この背中、懐かしいな。先輩はいつだって僕より前に立っていて、僕はいつもその背中を追っている。なんてったって先輩は僕の憧れに変わりない。バスケのプレーだって、人間性だってそうだ。二人きりのときに先輩に手が届く位置に来たら、僕はきっと先輩の隣を気兼ねなく歩いてるのかもしれない。
「翔平、何で来たんだよ」
 悄然としたその声に僕は言葉に詰まってしまう。前を向いたままでどんな表情をしてるのか分からない。何も言葉を交わさないまま、横断歩道まで来てしまった。赤だ。さっきまでと変わらない距離で僕は立ち止まってしまう。先輩に会いに、話に来たのにこれじゃまるで意味がない。大輔が居たらもっと円滑に話が進んでいたんだろうな。でもその頼みの大輔は今居ない。僕一人でどうにかしなきゃならない。
「さっきも言ったように先輩に会いに来たんです」
「ふうん。そっか」
 さっきと変わらない声のトーン。もの凄く気まずい雰囲気に押し殺されそうだ。イメージでは大輔が和やかムードにしてくれて、そこからズバッと核心に切り込んでいく予定だったんだけどそれはできない。
 先輩は前と変わりないって思ってるのに、心のどこかで恐怖を感じてるんだろう。それは……僕に来てほしくなかったことが前面に出てるからなのかな。信号が青になって先輩は再び歩き出す。ワンテンポ遅れて小走りになってついていき、隣に行った。
「先輩の家ってどこなんですか?」
 でも顔は怖くて見れなかった。
「もうすぐ。っつかさ、腹減らね?」
「はっ」
 言われてお腹に手を当てる。昨日の夜から何も食べてない。緊張しまくりでそんなこと忘れてた。
「減ってます」
「途中にコンビニあるからそこで買って俺んちで食おう」
「は、はい」
 先輩の何気ない対応にびびってしまった。僕の思い込みが激しいだけなのかな。でも、だってああして出立日を偽って僕たちを避けたかのようにここに来たんだ。T中の人たちに会いたくないというのは明白だと思う。
「何やってんだよ、こっちだって」
 無意識に歩いてたらもうコンビニに着いたみたいだった。先輩が店の駐車場で呼んでる。やっぱいつもと変わらない表情だ。僕に嫌な気持ちをさせないように頑張ってるのかな。そうだとしたら本当に申し訳ない。
 コンビニに入ると中は冷房がガンガンに効いてて天国だった。それと、終業式の日に先輩と二人でコンビニに行ったときの記憶も蘇ってきた。転校のことを初めて聞かされて……そういえば一つやり残したことがあったって言ってたな。結局あれはなんだったんだろう。とりあえず先輩の後にくっつく。
「チキン南蛮弁当……いや、ここは豚生姜焼き弁当か」
 真剣に悩んでる様子だった。あのときみたく奢りではないのか。まぁお金を持ってるから良いんだけど。異様に腹減ってるのは事実だしガッツリいきたいけど、この暑さにやられてか食欲が湧かない。軽めに冷製パスタにしよう。ちょっと憧れてた。飲み物は……お茶。家だから食べ物だけでもいいかなと思ったけど、急に来たのに迷惑は掛けられない。先輩のところに戻るとようやく決まったようで、ウキウキしてた。
「決まった?」
「はい」
「今日は奢れなくてごめんな。五百円で昼飯は何とかしろって言われてるからさ」
 この前と同じ金額だけど、状況は色々と違うし、何よりそうなったら奢ってもらう身なのだから何も文句は言えない。レジには先に先輩が並んで、弁当を温めてる間に僕の会計を済ませた。
 先輩の弁当が温まり終わってコンビニを出ると、うだるような暑さが広がってた。さっき、もうすぐって言ってたからもう少しの辛抱だ。
 さっきから訊きたかったことがあるんだけど、先輩は本気で弁当選びで悩んでたから躊躇してた。今訊こう。
「一つ訊きたかったんですけど、『やり残したこと』ってなんだったんですか?」
 そう言った途端に表情が曇った。あのときは静かな中で僕のお腹が鳴ってしまったから話題を変えられてしまったけど、今は外で車が走っててうるさいし気づかれることはない。
「言えない」
 短く切られた。そんなに恥ずかしいことなのかな。さっきのK中を出るときとは逆の立場だ。でも僕があおったところで先輩は言ってくれないだろう。
「そんなことよりさ、いつ帰んの?」
 なんて考えてたらすぐにはぐらかされた。なんか早く帰れって急かされてるみたいでいやだな。
「今日の夜行バスで帰る予定です」
「今日? なにそれ、ホントに俺に会いに来ただけじゃん」
 実際そうだ。って、あれ。暑さのせいもあるだろうけど、先輩の顔が紅潮してる。まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。そして顔を背けられてしまった。照れてるのかな。
「先輩は……。先輩は僕が来て正直どう思ってますか?」
 直球すぎる質問をぶつけてしまった。でもこの状況だからこそ言える。
「率直に言うと嬉しい……嬉しい、んだけど」
 先輩は俯いてぼそぼそっと喋った。そして顔を上げて建物を指差す。マンション?
「あそこ俺んちだから、続きは中でゆっくりと話そう。俺も翔平に訊きたいことあるし、何より暑くて思考回路停止しちゃいそう」
「はい……」

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