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手が届くなら決意(10-3)
「はあ? そんな絶好のタイミングもう二度とないだろ!」
 はい、分かってます。重々承知してます。僕だってあんな絶好のタイミングあると思ってません。
 バスケ部の練習が終わり、大輔に今日登校してきたときのことを話した。そしたら怒涛のように説法されて、このような状況になってる。
「またお前の印象が悪くなって今度こそ聞く耳持たなくなるぞ、分かってんのか!」
 分かってます、分かってます、分かってます。
 正論をズバズバ言われて、本当のことなんだけどそこまで繰り返されると傷つく。今なら誤解を解けそうなんだけど、やっぱさっきみたいにいざとなるとできなくなっちゃうのかな。自分の不甲斐なさがにくい。
「ま、まあ、過ぎたことは仕方ないよ、な?」
 僕の肩をトントンと叩いてきて慰めてきた。もうどうにでもしてくれ。今は何されても素直に受け取れそうだ。
「よし、冷静になってこれからのことを考えよう」
 そう言って大輔は手の甲で汗を拭い、一階のホールにある木製の椅子に座った。僕も隣に座る。
「佐藤はああ見えて頑固だ。自分の考えを簡単に曲げようとはしない」
 ふむふむ。「ああ見えて」なのかどうかは大輔の範疇の問題だよな。小谷先輩関連のことで、頑固っぽそうな雰囲気はあった。
「それに加え、察しがいいから俺が翔平に加担したらすぐにバレてさらに印象が悪くなること請け合いだ」
 な、なんだその強敵。どうしようもないじゃないか。
「つまり、今日みたいなシチュエーションがあることを願うしかないってことだ」
 大輔にしては冷静だった。ただ、解決策が安易すぎやしないか。
「それ以外に方法は?」
「だから、俺が加担する方法なんていくらでも考えられるけど、その全てが佐藤には筒抜けになるんだって」
「なにそれ。大輔の考えてる方法が稚拙なんじゃないの?」
「なにをー! 俺の頭脳をなめやがって」
 こういう挑発に乗りやすいんだよな、大輔って。ぷんすかして顔が上気してる。
「まずはだ。俺が佐藤に会う。そして話の流れで翔平が会いたがってたことを伝える」
「それで会ってくれたとしてもまた僕の印象が悪くなるじゃん」
「いいんだ。悪くなったところで誤解を解けば何も問題はない」
「そっかなぁ。とても不安だよ」
「じゃあ自力でやってみるか?」
 頭をフル回転させる。大輔の案は欠点が多すぎだ。まず第一にベタすぎる。察しがいいとかそれ以前の問題だと思う。誰でも分かる。万が一佐藤さんがそれに気づかなかったとして、大輔経由で会いたいってことを伝えるなんて女々しいなと思われるに違いない。そんな状況で話を聞いてくれるか? 無理だ。かといって自力でやるには僕の勇気が足りずに終わると思う。
「他には、翔平が先に会ってその場に俺が登場し、一緒に帰らないかと問う。でも翔平は『佐藤に話があるから』と言って、無理やりにでも話す状況を作らせるって方法だ。ほらな、俺の頭脳をなめんなよ」
 今の僕にはどれも失敗しそうでこわいよ。
 その後も失敗しそうな案をいくつか挙げられ、正直どうしようか悩んでた。と、そのとき、物音が聞こえた。鍵を開ける音? 直後にガラガラと扉が開く音がした。誰かが教室に入ったのかな。
「ふふふ。三年の教室に入るなんて大それたやつだ。この名探偵DSが誰かを暴いてやる」
 調子良いな。助川大輔。DSね、なるほど。大輔の後についてきたからなんも考えてなかったけど、ここって一階だよな……。あの教室って、三年の教室か。
 大輔は刑事ドラマ風に隠れながら教室に近づいていく。この談義にも飽きたのか。僕はやれやれといった感じで大輔の後に付いていく。扉の前まで来るとガサガサと音がする。大輔が呟く。
「こんな白昼堂々と泥棒かっ」
「いやいや、鍵使って入ってたでしょ。もしくは忘れ物かなんかを取りに来た生徒なんじゃない?」
 大輔はそんな僕のツッコミに耳を貸さず、扉の窓越しに中を見る。
「見えない。これはハイリスクかもしれないが、入るしかない」
 静かに取っ手に手をかけゆっくりと扉を開けていく。普通に開けたほうが中に居る人のためになるだろ、と思いつつ口には出さないでおいた。
「え」
 大輔の素っ頓狂な声に僕は誰なのかがもの凄く気になった。僕も大輔の後に続いて中に入り、ガサゴソしてた人物を見た。これは一体どういうことだ。
「なにやってんの、佐藤。ここ三年の教室だぞ」
 驚きを隠せない大輔が佐藤さんに声を掛けた。佐藤さんは教室の後ろにあるロッカーのところにこちらを向いて立っていて、右手にはケータイを持ってる。
「そう、ですね。先生には許可を貰いました」
 そして視線を伏せた。何か疚しいことでもあるのかな。大輔は机の間を通っていって、佐藤さんに近づく。
「なにしてたの?」
 大輔が教室の一番後ろの机に辿り着いても佐藤さんは口を噤んでる。僕はそれを教室の一番前から見てるから、大輔がどんな顔をしてるのか分からない。
「なに」
「なんだっていいじゃないですか。大輔くんには関係ありません」
 と、そこでさすがに言い過ぎたと思ったのか佐藤さんは言い終えたあとに口元を手で覆った。大輔も問い詰めたことに悪気があったのか、真剣みを帯びた声で佐藤さんにフォローを入れる。
「佐藤がそこまで言うなら訊かないよ」
「ありがとうございます」
 そう言って佐藤さんは慇懃に頭を下げた。
「それよりさ、あいつの話聞いてやってくんない?」
 大輔は振り向かずに、左手の親指で僕を指した。佐藤さんの視線が僕に降り注がれ、眉間にはシワが寄ったように見える。
「きゅ、急に振るなって!」
 思わず声を出してしまった。大輔に近づこうとすると
「さらばだ」
 またしてもこちらを振り向かずに左手を挙げて教室から颯爽と出て行った。足音が遠退いていく。残されたのは佐藤さんと僕の二人だけ。とても気まずい雰囲気になってしまった……。佐藤さんはケータイをブラウスの胸ポケットに閉まって、こちらを見やる。
「なんですか、話って」
 佐藤さんは話を早く終わらせたいのか、すぐに本題を訊いてきた。心の準備ができてない。でもこのチャンスを逃したらあとはもうない。僕は覚悟を決めて佐藤さんの前――さっきまで大輔の居た場所までのそのそと歩いていった。佐藤さんと真正面から向き合う。
 こんなときに不謹慎かもしれないが、小谷先輩の顔が思い浮かんだ。佐藤さんの元彼……か。
「あの日のこと、誤解だよ」
 勇気を振り絞って出した声は震えてた。でもそれ以上に身体の震えも激しくて、立ってるのがつらい。佐藤さんの眉間に入ってたシワが更に深くなる。
「誤解、誤解って何回言うんですか。聞き飽きました。その話を続けるようなら私は帰らせて――」
 意識がしっかりしたときには佐藤さんの左手首を握ってた。すぐに手放して、後ろに飛び跳ねた。
「どういうことですか」
 佐藤さんは僕に握られた左手首を反対の手で握って、僕をにらみつけあからさまに嫌そうな顔をしている。僕は自分の行動に驚きを隠せないながらも、頭は冷静に物事を処理していた。
「待って。佐藤さんはあいつらと関わってたから僕を避けたんでしょ?」
 佐藤さんは鋭い目つきのまま、コクリと頷く。
「あいつらの何が悪いの? 放課後に昇降口の前にたむろしてて、邪魔くさいなとか思うことあるかもしれないけど、実害はないじゃん」
「それがどうかしたんですか?」
 佐藤さんの強気な口調にも負けずに僕は続ける。
「佐藤さんはあいつらの話を聞いて悪だと思ったから、つるんでる僕のことも悪く思った。そうでしょ?」
 間を置かれ、閉め切られている教室の暑さを感じる。額からの汗も吹き出てきて、脇からつーと冷や汗が流れた。佐藤さんは視線を伏せて小さく頷いた。
「話したこともないくせに噂や見た目で判断してほしくない。あいつらのこと分かってんの? 分かろうともせずに一方的に『悪だ』と決め付けて、我関しない。小谷先輩がそうしてたらどうするの?」
 大輔と一緒にラバーブレスを買いに行ったとき、佐藤さんは「お堅いことで有名」って言ってたからな。お堅いっていうか、頑固っていうか自分の考えが正しいって知らず知らずの内に思ってんのかな。佐藤さんは唇をかみ締め、決意したのか僕を鋭い目つきで見てきた。
「隆はそんなことしないです。翔平さんはあの人たちと付き合ってるからそんなことを言えるんです!」
 決然とした瞳に僕は思わず萎縮してしまう。
「佐藤さんは僕があいつらとつるんでたことが悪いって言いたいの? それは事実だ。でも僕は悪いと思ってない。ただの暇つぶし相手だったってだけだよ」
 僕も佐藤さんも涙声になってる。お互いの思ってることをぶちまけて……なんてそんなことをやってたら佐藤さんの瞳に薄らと涙が浮かび、天井を見上げた。
「その言葉を信じたい。だけど、無理なんだ」
 真意が分からない。佐藤さんから見れば僕は大輔の友達であって、それ以上でもそれ以下でもない。他のクラスメートよりは信用が置けるかなというレベルなんだろう。佐藤さんは窓の方に向かってゆったりと歩いていく。そして僕に背を向けたまま話し始めた。
「翔平さんは訊いたと思うけど、あの日、告白されたんだ。一度も話したことないのに、やけに慣れなれしくてさ。安っぽい告白されて、それで……『俺は翔平のお墨付き』とかわけ分からないこと言って、振り切るの大変だった」
 僕のお墨付き? どうしてそうなった。
「そしてその後、学校を出ようとしたら翔平さんたちが居たってわけ。あの人たちとつるんでるのは誤解だって信じたくても、無理だよ」
 僕と佐藤さんなんて知り合ってから挨拶交わす程度……ってそれを見られてたのか? それであいつ、あんなことを……。
 佐藤さんの考えてることも分かる。そんなことが立て続けに起こったら僕の言葉は信用できない。でも問題はそこじゃない。あいつらが悪かどうか? そうでなければ僕があいつらとつるんでても問題はない。まぁそんな告白のされ方だったら悪い目で見るのは当然だった。
 僕は佐藤さんとの論点の違いを話し、なんとか誤解は解けた。だが僕への信用度はがた落ちだろう。僕も今回の件で佐藤さんへの信用度は落ちた。こんなに柔軟性のない頭脳の持ち主だったとは思ってもなかった。
「それでさ、何してたの?」
 佐藤さんは窓を背にこちらを見てる。僕は机に寄りかかりそれを見返してる状態だ。と、そこにガラガラと扉を開ける音が。ヤバい! さすがに長すぎて先生に怒られるんじゃ。振り返って見てみると
「はろー。若人たち」
 颯爽と入ってきたのは大輔だった。
「びっくりした。っていうかタイミングよすぎ」
「あの、聞いてたんですか?」
「そそ、そんなわけないだろう。勘繰るのがお好きなんだね、佐藤くんは」
 視線をあからさまに背けて、頬をカリカリとかいてる。バレバレだ。佐藤さんは告白どうのが問題あったかもしれないけど、別に聞かれてたとしても僕は何の問題もない。
 大輔を交えて佐藤さんが何をやってたかを問い詰めるが、一向に答えてくれようとしない。
「そこまで拒むのにはそれ相応の理由があるんだよな?」
 大輔が一歩前へ出る。佐藤さんは下がれないのに後ずさりをしようとして、両手を窓の縁に掛ける。僕はさっきから一歩も動かないで、二人の様子を窺ってる。沈黙が続き、大輔は我慢しきれなくなったのか両手を挙げた。
「分かった。降参だ。言いたくないならしゃーない。見過ごすとしよう」
 佐藤さんはほっと安堵の息をついた。開き直って言うタイプではないと思ってた。しかし、気になる。
「ただ、佐藤がそこまでだんまりを決め込むってことは隆先輩のことだよな?」
 佐藤さんははっと驚いた顔をしたが、すぐに元通りの表情に戻り、力なく頷いた。そしてこう続けた。
「私って嘘つくの下手ですよね」
 佐藤さんは口元を緩め、切なげな笑いを浮かべた。嘘か。佐藤さんは自分に嘘をつくのも下手だよな。もっとも、自分に嘘をつくなんて精神力の強い人じゃないとできない。
 大輔は教室の後ろにあるロッカーまで歩んでいき、手を掛け感慨深げにため息をついた。珍しい。
「隆先輩か。まさか転校するなんて思ってもみなかったよなあ」
 そう言って大輔はしゃがみこんで小谷先輩の棚を見た。
「小谷隆太。このシールも新学期が始まったらなくなっちゃうのか」
 T中にはロッカーの棚に名前が印刷されたシールが貼られている。まぁ他の学校もそうだとは思うが。僕は大輔のそばに近づく。
「そんなこと言っても三年の教室に来ることなんて滅多にないじゃん」
 大輔はおもむろに立ち上がって僕を見てきた。真剣な眼差しだ。
「そうやって寂しいこと言っちゃって。俺の感動が半減する。それにしても――また会いたいな」
「帰ってくるんじゃないの?」
「うそだろ? マジで?」
 肩を大きく揺すられる。大輔の腕を掴んで僕の揺れを停止させると焦点が定まってきた。目をぎょっと見開いて驚いた顔してる。
「本当だよ、ここでそんな嘘ついて何の意味があるのさ」
「それもそうだ。でもホントに?」
「いつになるかは後日連絡くれるって言ってたけど、まだなんだ」
「その話なら、なくなりましたよ」
 急に佐藤さんが割って入ってきた。僕も大輔も一斉に佐藤さんを見る。佐藤さんはこちらを一身に見つめていた。
「今朝、電話があって行けないって」
「俺はどっちを信じれば」
 なんていう大輔もついてきて、窓際に居る佐藤さんの近くに来た。
「本当に本人からの電話?」
「本人です。間違うわけありません。疑うんですか?」
 な、なんでだ。そんな他意はないのに。まださっきのことを引きずってるのか。もう終わったことなんだから、潔くあれはあれ、これはこれと割り切ってほしい。この状況……。
「隆のお母さんなら知ってますよ。そんなに私が信用できないなら確認しに行ったらどうですか」
 佐藤さんの堪忍袋の緒が切れてしまったみたいだ。気になるな、その情報。大輔がすかさず仲裁に入る。
「まあまあ。俺には事情がよく分からないけど、隆先輩のお袋に聞けば万事オッケーなんだろ? だったら確認しに行こう」
 大輔はこういうことを何の気なしにやるからすごいよな。僕が仲裁に入ったら更に悪化させてしまいそうだ。果たして、佐藤さんの話に信憑性はあるのか。だって小谷先輩とは別れたんだろ。それなのに電話があるって……でも不仲になっての別れではないからあってもおかしくないのか。考えたら頭がこんがらがってきた。
 と、そこで背後から声がした。
「何やってるんですか?」
 咄嗟に振り向くと、バスケ部の顧問だった。一安心。……とも言ってられないか。扉を開ける音がしなかったのは大輔が閉めなかったからか。
「佐藤がちょっと探し物があるってんで、俺らも手伝ってました」
「あれほど部活が終わったらすぐに帰宅しなさいと言っておいたのに、仕方がありませんね」
「へへ、すみません」
 大輔が機転を利かせ、顧問はコロッと騙されてしまった。これで良いのか、先生。いや、生徒を信じるのは大事なことだと思うけど、あの大輔だぞ。名探偵DSだぞ。少しくらい疑った方が良いと思う。
 その後、顧問に教室から追いやられ、佐藤さんは用事があると言って帰ってしまった。実は行きたいんだけど、僕が居るから一緒に行けないのかな。大輔は小谷先輩の家に行くことを提案しただけあって、喜んでついてきた。いや、僕が大輔についていくのか? そんなことはどうだって良い。今は一刻も早く佐藤さんの情報が真実かどうかを確かめたい。
 逸る気持ちを抑え、僕たちは小谷先輩の家にたどり着いた。

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