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手が届くなら立場(9-1)

 七月。市の中総体も終わり、運動部の三年生はほとんどが引退をした。佐藤さんが応援に行ってた野球部は決勝で6−5の接戦で惜しくも負けてしまった。
 剣道のように個人が勝つことはあったが、チームで残ったのはバスケ部だけだった。
 市の中総体が終わってからは練習メニューが厳しくなって、ついていくのがやっとなぐらいだ。芳野先輩は残念ながら完治まで時間がかかるということで、夏休み入ってすぐにある県の中総体は出場しないことになった。
 部員全員の十二人でプレーできたのはこないだのが最後ってことになっちゃったな。全国に行けば話は別かもしれないけど、そんなことは十中八九ないだろう。
 僕が住んでる市は事実上、柊の居るY中と僕が通ってるT中の二強という感じだったから、Y中に勝てば県大会にいけるようなものだった。Y中に勝ったからといって、県大会ではもっと上のレベルの相手がいる。練習してステップアップしなきゃ恥曝しになるだけだ。そう思って練習に臨んでるけど、身体がついていかない。
「しょーへい」
 いつも走り込みをしてる土手で休んでたら、急に声をかけられ驚いた。
「休憩してただけ?」
 顔をしかめ、「そんなことないよなー」と一人で納得してる。まぁその通りなんだけど。
「少し考え事を」
「当たってた。何考えてたの?」
「もう二週間後に迫った県大会のことです」
 そう言うと、小谷先輩の表情に一瞬曇りが見えた。
「県大会なァ。初戦突破できればいいほうっしょ」
 にこりと笑った。その前の意図がよく分からなかったけど、プレッシャーとか感じてるのかな。
「ほらほら。早くしないと体育館で練習始まっちゃうぞ。翔平は技術向上の前に体力強化だな」
 冗談っぽく言って笑う姿に僕は強く励まされた。

***

 そして一学期の終業式になった。県中総体のプチ激励会を兼ねてるようで、市の中総体のように大々的ではなかったが少しは励まされた。剣道部で全国行きが期待されてる一年生が居るからか、一年の学年主任が激励の言葉だったが。
 今日は午前だけで終わった。放課後は時間にかなりの余裕があるから最後の猛特訓! と思いきや、大会も間近にあり体調を崩したり怪我をして出場できなくなるのは最悪とのことで、練習はなくなりオフになった。
 といっても、やる気満々だったから不完全燃焼だ。特に目的もなく一人で校舎を歩き回ってると、昇降口のところで市中総体の激励会後に会った僕と同じクラスの不良三人組……じゃない。二人しか居ない。身長どうやったら伸びるの? って聞いてきた眼鏡をかけてた人が居ない。
「よお。バスケ頑張ったみたいじゃん」
 見た目は良さそうだけど、中身は一番不良の人に話しかけられた。
「僕が頑張ったというより、先輩たちが……」
「何をそんな遠慮しちゃってー。お前も頑張ったんだろ?」
 試合も見てないのにそこまで堂々と言えるのはすごい。頑張ったといえば初のスリーポイントシュートを決めたりしてそうかもしれないけど、昨日の失態もあるしひけらかすのはどうかと思う。
 僕が返答に困ってると、もう一人の人が間に割って入った。
「ほら。返答に困ってんだろ」
「仕方ないじゃん。そんなに返答しづらくないっしょ」
「お前がそう思ってても、こいつは違うだろ」
 こないだ助けてくれた人がかばってくれた。なんとお優しい人だ。不良にしておくのはもったいない。
 見た目不良の優しい人はくるっと方向転換して、こちらを向いた。優しいといってもやっぱり目つきはこわい。肩を強く掴まれた。
「で、この前言ったことは覚えてるよな?」
 眉が吊り上がっててこわいとかそういうレベルの問題じゃない。昨日の先輩より
「覚えてるよな?」
 語気を強められ、思わず身体が竦む。そういえばこの人って去り際に荷物持ってたらどうのこうの言ってたな。
 僕の状況はというと、荷物を置く場所もなくふらふらと校内を歩き回ってたんだ。
 今回ばかりはヤバい。見つかってしまった時点でダメだったんだな。何されるか分かったもんじゃない。言われるがままに三人で輪を作って座り込む。
「ひゃは。やっぱお前いい奴だよな」
 二人をお調子者と寡黙に分けるとするとお調子者の方が目をこれでもか! ってぐらいに細めて頬をたゆませる。つまり満面の笑みだ。笑顔の見本みたい。
「眼鏡がいなくて暇だからとっ捕まえちまったけど、話題ねぇな」
 こないだ居た眼鏡くんは仲間内でも眼鏡呼ばわりなのか。
「話題ぃ? 俺が作ってやんよ」
 ここで僕と寡黙くんはお調子者に視線を注ぐ。後頭部を掻いた状態で止まってしまい、それから数秒沈黙し三人とも静止した。寡黙くんが深いため息をつき、額を押さえた。
「お前に期待した俺が馬鹿だった」
「見捨てないでえー」
 ちゃんと話したことは二回しかないけど、見捨てたくなる気持ちは十分わかる。話題か。捕まってしまったんだ。この状況を楽しむっきゃない。話を振ってみよう。
「眼鏡ってあの背の低い……」
「そーそー。あいつ背を補ってあまりあるほどのトーク力を持ってるからさー、俺ら二人だとどうも話が弾まなくて。お前がもっと話してくれりゃーさー」
 背を補ってかどうかは分からないけど、そんな感じはする。お調子者は寡黙くんに投げかけた。
「俺はお前ら二人の話を聞いてるのが好き」
 休み時間とか席が遠いって言うのにいっつも話に行くし、三人で一組なイメージはある。そしてこの寡黙くんは話してるのをあまり見ない。実はこないだ会ったときからこの三人組は観察してたんだよな。
「なんで今日は眼鏡くんは居ないんですか?」
「そーいや何でいないんだっけ?」
 こっちが訊きたいんだよ!
「ったく、お前って奴は……」
 寡黙くんが助け舟を出そうとしたが、顎に手を置きしばし黙る。もしかして自分も思い出せないパターン?
 これが原因で沈黙が続いてしまって、とても気まずい雰囲気になってしまった。僕が蒔いた種だから話を転換させやすいとは思うけど、こんな必死に考えてくれるのをやめさせるのは申し訳ない。
 二人の姿を見てられず、周りを見渡してみる。僕の体内時計だと今は午後一時過ぎくらいか。太陽は真上にあるのか屋内には少ししか日差しが注いでないが、今日は朝から晴れで清々しい陽気だ。今日は午前で終わったと言うこともあって生徒の姿は見えず、閑散としてる。でも、そんな静けさを打ち破るかのように
「うおおお!」
 いきなりなんなんだっ?
 声のする方を見てみると、あの眼鏡くんが階段を駆け下りてきた。そしてここまで全力疾走で来て……力尽きた。
「どうした、おいっ!」
 お調子者がすぐに駆け寄ってうつぶせになった眼鏡くんの肩を揺する。反応がなく、ひっくり返すとドラマとかでよく見る亡くなる人がするような安らかな顔をしてた。
「俺、もう生きてけない」
「何があった?」
「人生に疲れちゃった」
「ついに頭のネジ外れたのか」
 寡黙くんが冷静なツッコミをすると、眼鏡くんが両手を挙げて反論した。
「違うやい! 振られたんだい!」
「誰にっ? ってか、お前にそんな奴いないだろ」
「佐藤だよ」
 えっ、佐藤さん? あの小谷先輩と付き合ってたという佐藤さん?
「佐藤っつってもよくある苗字だからわかんねーよ。誰だよ」
「同じクラスの佐藤」
 本当にあの佐藤さんなのか……。
「っつーと、一人か。お前、あいつと交流あった?」
 眼鏡くんは起き上がって胡坐をかいて足首に手を置いた。視線は下を向いてる。
「三年の小谷と別れたってこと聞いてから、何回か話してそういうそぶり見せてくれてたから……」
 こうやって見ると純情だ。自分の気持ちに素直になるのがかっこ悪く思えて、皮かぶってんのかな。
「どーやって断られたの? やっぱ、ストレートに『あなたみたいな人とは付き合えません』ってか?」
「ちげーよ。……いや、そうかな。なんかさ、お前らみたいな人と付き合ってるのが許せないって」
「なんだよソレ。陰キャラにそういうの言われたらきっついなー」
 陰キャラだとか、佐藤さんをなんだと思ってるんだ。本気で好きになって告白っていうより、お遊びで告白したようにしか思えない。
「お前を振る言い訳だろ。小谷ってむかつくくらい人当たりいいから、お前なんかと付き合ったらその落差で暗黒期突入。不登校になる」
 寡黙くんは再び冷静にツッコミを入れた。この三人はバランスが取れてるな。三年になってクラス替えがあってバラバラになっても、ずっと付き合いを続けてそうだ。僕と小谷先輩と大輔、僕たちはバランスが取れてるのかな。
 まだ三人が騒いでる中、階段から誰かが降りてくる音が聞こえた。……佐藤さん。寡黙くんが佐藤さんの方を見ると、遅れて二人も佐藤さんを見た。佐藤さんは瞬間驚いた様子をしたが、すぐに視線を伏せてさっきと同じテンポで階段を降りてきた。僕たちの前で止まることはなく、下駄箱で靴を履き替えた。そこで僕は思った。
 ――お前らみたいな人と付き合ってるのが許せない
 端から見ればこの状況、僕もこの人たちと付き合ってると勘違いされてしまう。僕はすぐさま立ち上がって佐藤さんの後を追った。
 校門のところで追いつくと声を掛けた。
「待って!」
 律儀に上履きを持って帰ってるらしく、靴入れを両手を使って持ってるのがスカートの間から見える。佐藤さんは振り向きもせず、話し始めた。
「翔平さん、あなたがそんな人だとは思ってませんでした」
 こわいほど抑揚がなくて、いつもよりトーンが低い。表情を見なくても怒ってるというのが伝わってくる。
「誤解だよ。これはちが」
「今日は午前で終わってすぐに帰れるって言うのに、遅くまで残ってあの人たちと!」
 振り返ってこっちを見る瞳には涙が溜まっていた。もし、大輔や小谷先輩のように長い間付き合っていたら『誤解』だと思わないのかな。むしろ何かの食い違いとして捉えて良い方向に考えようとしてくれるのかな。僕はそこまで佐藤さんと親しくない。
「本当に誤解だってば」
「聞きたくありません。さようなら」
 佐藤さんが走り去っていく姿を僕は見届けることしかできなかった。


 力なく昇降口のところに戻ると、まだ眼鏡くんがワーワー喚いてた。
「おっ、帰ってきた。どこ行ってたんだよ〜」
 お調子者が話しかけてくる。そういえば追いかけてこなかったな。僕が逃げるとは思ってなかったのか。まぁ上履きのままで外に出て行ったからそのまま帰るとも思わなかったんだろう。
「外」
「なになに。佐藤のこと慰めにでも行ったの?」
 近づいてきて、興味津々で聞いてくる。
「程遠いよ」
 なんかもうこいつらと居たせいなのに、どうでも良くなってきた。今さら関わりを絶ったところで事態は好転しないから。それに……こいつらと一緒に居るのも楽しく思えてきた。
 と、再び階段から人が降りてくる音が聞こえ始めた。もうなんなんだ。僕のことなんかどうにでも思ってくれ。あれ。音が多い。集団なのかな。などと思ってると生徒がぞろぞろと降りて来た。見たところスポーツ万能な人たちばっかだ。そういえば大輔が言ってたな。今日は体育委員の集会があるって。何も今日にしなくてもって思ってた。
 僕のクラスの体育委員は大輔だ。大輔が居ればこの場から逃げられるかも。だが、生徒の姿が途切れてもなかなか姿を現さなかった。おかしいなぁ。
「何の話?」
 それから一分ぐらい経つと階段の方から聞きなれた声がした。この声は……。
「一学期の中間テストがやばかったから、夏休みしっかり勉強してこいだって。もう嫌になっちゃう。それよか今は県中総体!」
 見ずとも分かる。この闊達な声は大輔。もう一人が話を訊いて笑った。
「その意気だ。勉強はその後で良いから」
「勝って全国大会行きましょうよ〜。そうすれば口実ができる」
「まァ勉強できなくても、バスケで全国大会行ったとなれば採る高校も多いだろうな」
 踊り場まで降りてきて二人の姿が見えた。大輔と小谷先輩だった! 希望の光が見えた。今思えば小谷先輩も体育委員だったな。二人はこっちを見ると一目散に降りてきた。
「翔平、大丈夫か? 悪いことされてないか?」
「悪いことはされてないよ」
 むしろ僕がこの人たちと付き合って被害を被ったというべきか。されたといえばされてるけど、不可抗力だ。自業自得だし言わない。思ったより良い人たちだし、逃げようと思えば逃げられた。
 その後はあっという間に小谷先輩が不良たちを打ち払ってすぐに帰っていった。
「びっくりしたぞ。まさかあのヤンキーどもに絡まれてるなんて」
 小谷先輩は心配そうに話しかけてきた。
「無事なら無事でいいっしょ。あいつら見た目とか素行は悪いけど、他人に不利益を被せるようなやつらじゃないですよ」
「同じクラスなんだっけ。それなら納得するしかないか」
「納得してください」
 この二人の空気、上手く調和してるな。歯車が噛み合ってる。陰と陽で分けるなら二人とも陽だけど、そういうことじゃない。「先輩」と「後輩」として上手く機能してるんだ。大輔が覗き込んでくる。
「翔平、難しそうな顔してどした?」
「なんでもないよ。考え事」
「またそれか」
「また?」
 身に覚えがない。
「中総体の前日に言ってたじゃん。考え事してるって。俺はそれを訊かないでほしいことって解釈してるから今回もやめた」
 言われてみればそんなこともあったような。いかんせん中総体での出来事が多すぎて、前日のことなんて忘れてた。今回も悪い方向に考えてるといえばそうだな。
「んじゃ帰ろー」
 大輔がそう声を掛けると、小谷先輩が反応した。真剣な顔つきだ。
「ごめん、大輔。翔平と話したいんだ」
「それって俺がいちゃダメですか?」
「ダメ。絶対ダメ。あらゆる意味でダメ」
「何その俺の存在全否定。先輩なんか嫌いだ!」
 大輔は猛ダッシュして下駄箱の前まで行く。
「そんなつもりじゃ」
「冗談ですよ。二人の時間、楽しんじゃってくださーい」
 風のように去っていった。小谷先輩は外に出てからの姿を追うように窓の方まで歩いていった。姿が見えなくなったくらいの時間でこちらを向いてきた。どきりとした。なんせ涙目だったから。あ、忘れてた。泣き虫王子なんだ。
「茶化しやがって。でもあいつ……良いやつだよな」
「本当です。大輔には助けられまくりです」
「俺は?」
 不安そうに訊いてくるその表情は年相応に見えた。みんなが知らない小谷先輩、僕っていっぱい知ってるんだな。
「もちろん小谷先輩もです」
「良かったァ。俺、学年違う割に翔平には過干渉しすぎかなって思ってたんだ。ま、学年は関係ないか。だからそれ訊いて一安心」
「全然過干渉じゃないです。ちょうど良いです。それで話って?」
「うん。立ち話もなんだし、一番近い教室行こう。先生に追い出されっかもしんねーけど」
 軟らかい声音に僕は吸い込まれるように頷いた。
 ここから一番近い教室か。三年一組。小谷先輩のクラスだ。

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