手が届くならプレゼント(8-5)
「柊」
先輩のその声は思いのほか冷静に聞こえた。展開によっては我を忘れてしまうタイプだけど、最初だけでも冷静に話を聞こうって姿勢は尊敬する。
「市の大会優勝おめでとう」
柊は無表情かつ、抑揚のない声でそういった。
「ありがと」
先輩は社交辞令的に返すと、本題へと移っていった。
「こっちもお礼しとかないとな。プレゼントとかいう粋な計らいありがとう」
「どういたしまして」
未だに冷静なやり取りをしているのを見ると、違和感を覚える。先輩はそんなに我慢強くはなかったはずだ。優勝できて気持ちに余裕ができたのかな。
柊は首を人気のなさそうな奥に振った。あっちに行こうってことなんだろうな。先輩はそれに了承したようで柊の後についていった。
マズい! このままだと見失ってしまう。思わず自動ドアに肩が当たるぐらい急いだ。
思ってたよりそんな奥には入っていかず、ちょうど体育館の中央横で止まった。よく考えてみると、奥に行ってもかなり離れなければ人気のないところまではたどり着かない。まぁ入り口で介入騒ぎなんてしてたら、大騒ぎになっただろう。先輩もそこまでして柊を悪者に仕立てあげるつもりはないようだ。先輩は自分の感情に素直ですぐに表に出てしまうけど、入り口で少しは「世間の目」を考慮したのかな。それとも柊へのせめてもの情け?
「俺が本当に感謝してると思うか?」
「お前みたいに生真面目なやつなら、『余計なお世話』なんだろな」
さっき入り口で話してたときとは二人とも別人のようになって、先輩は後ろ姿しか見えないけど視線がぶつかりあって火花がバチバチ鳴ってそうだ。
「ご明察。プレゼントって電車を遅らせたことなんだろ? まァ、それで俺たちの方も三人遅れちまったけどな」
先輩の推理に柊はふっと口角を上げてニヤりとした。この場面でそういうことをするとは意味深だ。柊は顔を上げてこちらを見てきた。
「君はどう考える?」
バレちゃったか。ってまぁ、柊にバレバレだったのは自明だけどな。先輩は振り返ると少し驚いた表情をした。
「やっと来たか。遅かったな」
「来るって分かってたんですか?」
「まァな。お前と何年付き合ってると思ってんだ」
無理に笑おうとしてるのか引きつって、不思議な顔になってる。こんな真面目な話をしてたんだ。急に笑おうなんて無理もない。
「そいつ、俺らが入り口で話してるときから居たから気になった。昨日もいたし」
柊が話に入ってきた。
その時点でバレてたのか! 距離はあったし二枚のガラス越しに見てたとは言え、みんな出て行く中一人だけ動いてないのは目立つよな。
二人に視線を集められると恥ずかしい。でもそれを乗り越えて柊に視線を向け一歩前に出た。
「僕は知りたい。あなたが今日の試合に介入した理由」
「ああ、そのこと」
まだ言い終えてないとは言いづらくて、そのまま柊に流れを任せてしまった。柊は体育館に背を向けて空を仰ぎ見た。
「その方が楽しいから」
横顔から見える唇の動きが妙にムカついた。隣に居る先輩もどうやら同じ意見のようでだらんと下ろしてる腕の先に握り拳を作った。しかし、手は出さなかった。
「だってさ、どっちのチームも万全の状態でやっても楽しくないっしょ」
「お前ってやつは――!」
先輩は柊に今にも殴りかかりそうになる。この状況、僕はどうすれば……。
――隆の支えになってやって
この状態を見てみぬ振りをしちゃダメだ!
僕は先輩の前に立って制止した。掴んだ両腕の腱が浮き上がってて不気味な感覚に襲われた。力を込めたら誰だってそうなるけど、あまりにもリアルで殺気のようなものを感じてしまったのかもしれない。
「どけよ!」
その瞳は見るものを威圧させ、眉間はこれほどまでになく深くシワが寄ってる。足に力が入って震えてるのか地面の砂利がこすれて音を出す。怒りの感情を全身で表してる。先輩に力じゃ勝てっこない。早く静めないと!
「お前だって同じ気持ちだろっ!」
「そうですよっ。先輩の気持ちを優先させたいのは僕も同じです。ですけど、一方的に攻撃したら先輩が悪いことになるんですよ」
「でも」
「柊さんに聞かなきゃならないこともある。だから今は」
「俺は……俺は」
腕の力が急速に弱まっていき、脱力したように腕が下りていった。先輩は俯いて、やがてしゃがみこんでしまった。両腕で膝を抱え込む姿にさっきの面影は全く見えない。
「こんなときに仲間割れ? 笑わせてくれるね」
支えにならなきゃ。先輩の、支えにならなきゃ。信用されるほどの存在にならなきゃ。
「柊さん、教えてください」
「何でも教えてやるよ。もう『終わったこと』だし」
終わったことなら何でも良いのか。これだったら今日のこと以外にも二年前のことも聞けるかも。柊と向き合うと先ほどの態度とあまり変わりなく、と思いきや口元を緩めてニヤニヤしてる。先輩と対峙してたときとは真逆みたいで、なんか調子狂う。……もしやこれが狙いなのか?
「まず一つ。U中とT中の人は同じ電車に乗ってたはずです。なのになぜ来る時間にズレがあったんですか?」
「俺が来るのを止めてたから」
と、とめてた? 一体どういうことだ。
「さっきと同じで、そっちの方が楽しくなるっしょ」
終始ニヤニヤ顔で本当調子が狂う。柊のやりたいことはよく分からないが、もしかしたら試合前の直感は正解だったのかもしれない。
――U中側も遅れた理由はよく分からないが、やつらと柊はグル。もちろん金での関係でな
さっき更衣室で小谷先輩と話してたときに言ってたこと、本当なのか……。
「それで、『プレゼント』ってなんだったんですか? 確か相手側にもあるって言ってましたけど」
「まさにそれ」
「へ?」
ぽかん。訳が分からない。
「心理作戦。『プレゼントってなんだろう』って思わせておく」
言われてみれば振り回されてたような気がしないでもない。
「加えて電車を遅れさせて、それで撹乱」
見事に柊の策にハマった。チームとして勝てたのは良かったけど、僕個人としては課題の残る試合だった。いくら柊に試合を操作されてるからといって、目前の試合に、相手に正々堂々と勝負しないのはダメだ。
「ハメられちゃったって顔してる」
すごく悔しいけど、その通りだ。
でも柊は本当はどっちに勝ってほしかったんだろう? 先輩が言ってるようにU中と柊が繋がってるのが本当だとしたら下世話な話、金を渡すから負けてくれって言えばそれで済む。わざわざ二年生の三人が乗ってきた電車を遅らせたデメリットが見つからない。
二年前のこと、そして今日のこと。総合すると見えてくる柊の人格、それは……。ニヤニヤ顔の柊に僕の考えをぶつけた。
「あなたはバスケへの情熱は人一倍ある。だけど、どこか歪んでる。自分が楽しければそれで良いなんて間違ってる」
「おーおー。言ってくれるじゃん」
さすがの柊もむすっとした表情を見せた。
「君はどうしてバスケをやってるの?」
急に問いかけられて、返答に窮する。どうしてか。そんな深く考えたことなかったな。
「みんなとバスケをやるのが楽しくて今は続けてる感じです」
「それは『今』のこと。バスケ部に入ろうと思ったきっかけは?」
原点を訊いてるのか。T中は小学校から持ち上がりだったけど、仲の良い友達も居なかったから友達と一緒に、なんてこともなく割とすんなり入れたんだっけ。数多い部活の中、バスケを選んだのは……体験入部をしたときに付き合ってくれた小谷先輩、そして同じときに体験入部をしてた大輔に強く誘われたからだ。あの頃はどの部活でも良いから入って続けられれば高校受験とかで他と同じ条件になると思ってて、別にプロバスケ選手に憧れて、とかそんな絵に描いたような話ではない。現実的。
このことを柊に伝えると、予想外の返事が返ってきた。
「なんか可愛い」
かわいい……のか。柊からしてみれば、さっき僕が考えたようにプロバスケ選手に憧れて、って感じでバスケを始めたんだろうな。そう考えると緩い決意だもん。可愛いに決まってる。柊は視線を落とし、ポケットに突っ込んでた手を一層突っ込んだ。この感じだと言ってくれるのか。僕が考えたとおりなのかそうじゃないのか気になる。
「俺はさ、とーちゃんに……」
と、そこで止まった。すると見る見るうちに柊の顔が紅くなっていく。
「う、俺ってば、何で名前も知らないやつにこんなこと話そうとしちゃってんだ。今の忘れちゃって、ノーカンで」
ノーカン。先輩も使う語句だ。『KY・空気読めない』ほど普遍的な言葉ではない。先輩と柊は旧知の仲らしいから二人が同じ語句を言っても不思議はないか。といっても、無性に腹が立ったのは言うまでもまい。
「じゃ、俺帰る」
まだ焦ってる様子の柊を止めることができず、結局二年前のことを詳しくは訊き出せなかった。今の状態でも情報は十分だけど、本当に柊がやってるのかを確かめたかった。ニヤニヤ顔から余裕がなくなってむすっとした顔になって、過去の話をしようとしたときは紅潮させて……僕が思ってたより柊もまだ『子ども』なんだな。頭の良さでは負けちゃうけど、歳は僕と一つしか離れてない。
先輩と柊、二人は似てるかも。普通にしてるときは大人びてて、とても一つ上だとは思えない。三つ四つ離れててもおかしくないくらいだ。僕からするとバスケの技術も人間的にも到底辿り着けない場所に居る。でも時折見せる幼さが表出すると同年代なんだな、手が届く距離に居るんだなって実感できる。
僕は体育館の壁にもたれ掛かってる小谷先輩に近づいていく。自分の不甲斐なさを責めてたのかさっきまでは膝を抱えて悩みに悩んでたみたいだったけど、今は三日連続での試合の疲れや緊張が解けたのか、手の甲が地面に着いてて足がまっすぐに伸びてる。左に傾いた頭が愛嬌を感じさせる。寝顔は本当あどけない。って自分が言える義理じゃないか。
僕は先輩の前に立ち膝になって右肩に手を掛けた。寝てるからって勝手に言っちゃって良いのか分からないけど、こないだ呼び名は自分を呼んでるってことが分かれば良いと思ってるって言ってた。もう僕たち親しくなったよね。あの呼び名で呼んでも良いよね。
「隆、先輩。県の中総体も頑張ろうね」
その瞬間先輩の左腕がぴくっと反応して、一層穏やかな寝顔になった気がした。
先輩のその声は思いのほか冷静に聞こえた。展開によっては我を忘れてしまうタイプだけど、最初だけでも冷静に話を聞こうって姿勢は尊敬する。
「市の大会優勝おめでとう」
柊は無表情かつ、抑揚のない声でそういった。
「ありがと」
先輩は社交辞令的に返すと、本題へと移っていった。
「こっちもお礼しとかないとな。プレゼントとかいう粋な計らいありがとう」
「どういたしまして」
未だに冷静なやり取りをしているのを見ると、違和感を覚える。先輩はそんなに我慢強くはなかったはずだ。優勝できて気持ちに余裕ができたのかな。
柊は首を人気のなさそうな奥に振った。あっちに行こうってことなんだろうな。先輩はそれに了承したようで柊の後についていった。
マズい! このままだと見失ってしまう。思わず自動ドアに肩が当たるぐらい急いだ。
思ってたよりそんな奥には入っていかず、ちょうど体育館の中央横で止まった。よく考えてみると、奥に行ってもかなり離れなければ人気のないところまではたどり着かない。まぁ入り口で介入騒ぎなんてしてたら、大騒ぎになっただろう。先輩もそこまでして柊を悪者に仕立てあげるつもりはないようだ。先輩は自分の感情に素直ですぐに表に出てしまうけど、入り口で少しは「世間の目」を考慮したのかな。それとも柊へのせめてもの情け?
「俺が本当に感謝してると思うか?」
「お前みたいに生真面目なやつなら、『余計なお世話』なんだろな」
さっき入り口で話してたときとは二人とも別人のようになって、先輩は後ろ姿しか見えないけど視線がぶつかりあって火花がバチバチ鳴ってそうだ。
「ご明察。プレゼントって電車を遅らせたことなんだろ? まァ、それで俺たちの方も三人遅れちまったけどな」
先輩の推理に柊はふっと口角を上げてニヤりとした。この場面でそういうことをするとは意味深だ。柊は顔を上げてこちらを見てきた。
「君はどう考える?」
バレちゃったか。ってまぁ、柊にバレバレだったのは自明だけどな。先輩は振り返ると少し驚いた表情をした。
「やっと来たか。遅かったな」
「来るって分かってたんですか?」
「まァな。お前と何年付き合ってると思ってんだ」
無理に笑おうとしてるのか引きつって、不思議な顔になってる。こんな真面目な話をしてたんだ。急に笑おうなんて無理もない。
「そいつ、俺らが入り口で話してるときから居たから気になった。昨日もいたし」
柊が話に入ってきた。
その時点でバレてたのか! 距離はあったし二枚のガラス越しに見てたとは言え、みんな出て行く中一人だけ動いてないのは目立つよな。
二人に視線を集められると恥ずかしい。でもそれを乗り越えて柊に視線を向け一歩前に出た。
「僕は知りたい。あなたが今日の試合に介入した理由」
「ああ、そのこと」
まだ言い終えてないとは言いづらくて、そのまま柊に流れを任せてしまった。柊は体育館に背を向けて空を仰ぎ見た。
「その方が楽しいから」
横顔から見える唇の動きが妙にムカついた。隣に居る先輩もどうやら同じ意見のようでだらんと下ろしてる腕の先に握り拳を作った。しかし、手は出さなかった。
「だってさ、どっちのチームも万全の状態でやっても楽しくないっしょ」
「お前ってやつは――!」
先輩は柊に今にも殴りかかりそうになる。この状況、僕はどうすれば……。
――隆の支えになってやって
この状態を見てみぬ振りをしちゃダメだ!
僕は先輩の前に立って制止した。掴んだ両腕の腱が浮き上がってて不気味な感覚に襲われた。力を込めたら誰だってそうなるけど、あまりにもリアルで殺気のようなものを感じてしまったのかもしれない。
「どけよ!」
その瞳は見るものを威圧させ、眉間はこれほどまでになく深くシワが寄ってる。足に力が入って震えてるのか地面の砂利がこすれて音を出す。怒りの感情を全身で表してる。先輩に力じゃ勝てっこない。早く静めないと!
「お前だって同じ気持ちだろっ!」
「そうですよっ。先輩の気持ちを優先させたいのは僕も同じです。ですけど、一方的に攻撃したら先輩が悪いことになるんですよ」
「でも」
「柊さんに聞かなきゃならないこともある。だから今は」
「俺は……俺は」
腕の力が急速に弱まっていき、脱力したように腕が下りていった。先輩は俯いて、やがてしゃがみこんでしまった。両腕で膝を抱え込む姿にさっきの面影は全く見えない。
「こんなときに仲間割れ? 笑わせてくれるね」
支えにならなきゃ。先輩の、支えにならなきゃ。信用されるほどの存在にならなきゃ。
「柊さん、教えてください」
「何でも教えてやるよ。もう『終わったこと』だし」
終わったことなら何でも良いのか。これだったら今日のこと以外にも二年前のことも聞けるかも。柊と向き合うと先ほどの態度とあまり変わりなく、と思いきや口元を緩めてニヤニヤしてる。先輩と対峙してたときとは真逆みたいで、なんか調子狂う。……もしやこれが狙いなのか?
「まず一つ。U中とT中の人は同じ電車に乗ってたはずです。なのになぜ来る時間にズレがあったんですか?」
「俺が来るのを止めてたから」
と、とめてた? 一体どういうことだ。
「さっきと同じで、そっちの方が楽しくなるっしょ」
終始ニヤニヤ顔で本当調子が狂う。柊のやりたいことはよく分からないが、もしかしたら試合前の直感は正解だったのかもしれない。
――U中側も遅れた理由はよく分からないが、やつらと柊はグル。もちろん金での関係でな
さっき更衣室で小谷先輩と話してたときに言ってたこと、本当なのか……。
「それで、『プレゼント』ってなんだったんですか? 確か相手側にもあるって言ってましたけど」
「まさにそれ」
「へ?」
ぽかん。訳が分からない。
「心理作戦。『プレゼントってなんだろう』って思わせておく」
言われてみれば振り回されてたような気がしないでもない。
「加えて電車を遅れさせて、それで撹乱」
見事に柊の策にハマった。チームとして勝てたのは良かったけど、僕個人としては課題の残る試合だった。いくら柊に試合を操作されてるからといって、目前の試合に、相手に正々堂々と勝負しないのはダメだ。
「ハメられちゃったって顔してる」
すごく悔しいけど、その通りだ。
でも柊は本当はどっちに勝ってほしかったんだろう? 先輩が言ってるようにU中と柊が繋がってるのが本当だとしたら下世話な話、金を渡すから負けてくれって言えばそれで済む。わざわざ二年生の三人が乗ってきた電車を遅らせたデメリットが見つからない。
二年前のこと、そして今日のこと。総合すると見えてくる柊の人格、それは……。ニヤニヤ顔の柊に僕の考えをぶつけた。
「あなたはバスケへの情熱は人一倍ある。だけど、どこか歪んでる。自分が楽しければそれで良いなんて間違ってる」
「おーおー。言ってくれるじゃん」
さすがの柊もむすっとした表情を見せた。
「君はどうしてバスケをやってるの?」
急に問いかけられて、返答に窮する。どうしてか。そんな深く考えたことなかったな。
「みんなとバスケをやるのが楽しくて今は続けてる感じです」
「それは『今』のこと。バスケ部に入ろうと思ったきっかけは?」
原点を訊いてるのか。T中は小学校から持ち上がりだったけど、仲の良い友達も居なかったから友達と一緒に、なんてこともなく割とすんなり入れたんだっけ。数多い部活の中、バスケを選んだのは……体験入部をしたときに付き合ってくれた小谷先輩、そして同じときに体験入部をしてた大輔に強く誘われたからだ。あの頃はどの部活でも良いから入って続けられれば高校受験とかで他と同じ条件になると思ってて、別にプロバスケ選手に憧れて、とかそんな絵に描いたような話ではない。現実的。
このことを柊に伝えると、予想外の返事が返ってきた。
「なんか可愛い」
かわいい……のか。柊からしてみれば、さっき僕が考えたようにプロバスケ選手に憧れて、って感じでバスケを始めたんだろうな。そう考えると緩い決意だもん。可愛いに決まってる。柊は視線を落とし、ポケットに突っ込んでた手を一層突っ込んだ。この感じだと言ってくれるのか。僕が考えたとおりなのかそうじゃないのか気になる。
「俺はさ、とーちゃんに……」
と、そこで止まった。すると見る見るうちに柊の顔が紅くなっていく。
「う、俺ってば、何で名前も知らないやつにこんなこと話そうとしちゃってんだ。今の忘れちゃって、ノーカンで」
ノーカン。先輩も使う語句だ。『KY・空気読めない』ほど普遍的な言葉ではない。先輩と柊は旧知の仲らしいから二人が同じ語句を言っても不思議はないか。といっても、無性に腹が立ったのは言うまでもまい。
「じゃ、俺帰る」
まだ焦ってる様子の柊を止めることができず、結局二年前のことを詳しくは訊き出せなかった。今の状態でも情報は十分だけど、本当に柊がやってるのかを確かめたかった。ニヤニヤ顔から余裕がなくなってむすっとした顔になって、過去の話をしようとしたときは紅潮させて……僕が思ってたより柊もまだ『子ども』なんだな。頭の良さでは負けちゃうけど、歳は僕と一つしか離れてない。
先輩と柊、二人は似てるかも。普通にしてるときは大人びてて、とても一つ上だとは思えない。三つ四つ離れててもおかしくないくらいだ。僕からするとバスケの技術も人間的にも到底辿り着けない場所に居る。でも時折見せる幼さが表出すると同年代なんだな、手が届く距離に居るんだなって実感できる。
僕は体育館の壁にもたれ掛かってる小谷先輩に近づいていく。自分の不甲斐なさを責めてたのかさっきまでは膝を抱えて悩みに悩んでたみたいだったけど、今は三日連続での試合の疲れや緊張が解けたのか、手の甲が地面に着いてて足がまっすぐに伸びてる。左に傾いた頭が愛嬌を感じさせる。寝顔は本当あどけない。って自分が言える義理じゃないか。
僕は先輩の前に立ち膝になって右肩に手を掛けた。寝てるからって勝手に言っちゃって良いのか分からないけど、こないだ呼び名は自分を呼んでるってことが分かれば良いと思ってるって言ってた。もう僕たち親しくなったよね。あの呼び名で呼んでも良いよね。
「隆、先輩。県の中総体も頑張ろうね」
その瞬間先輩の左腕がぴくっと反応して、一層穏やかな寝顔になった気がした。
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