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手が届くならプレゼント(8-4)

 八人でコートに並ぶのはどこか切なさを覚える。いつもの三分の二っていうのもあるだろうけど、理由が理由だけにむなしい。柊の介入、か。
 相手チームであるU中の選手は程よく身体も温まったようで、これなら少しは公平な試合ができるというものだ。しかし最低出場人数の五人で大会に出場するのもすごいな。誰かが一人でも怪我や、風邪にでもかかったらそこで終わりだ。まぁ試合開始時に五人揃ってれば、試合途中に抜けても大丈夫だからな。と言ってもそれじゃ勝ち目はなさそうだ。昨日のY中とは正反対の少数精鋭だな。
 選手たちの間に立ってる審判員が声を張り上げる。
「礼!」
「よろしくお願いします!」
 予想以上の声の大きさに少し萎縮してしまったが、この瞬間はなんとも清々しい。
 ポジション取りをしてるときに小谷先輩に一声かけられた。
「余計なことは考えるなよ」
「はい」
 昨日も同じような場面で声をかけられたが、昨日とは打って変わって声色にかなりの緊張が含まれていた。小谷先輩にとっても初めての決勝戦なんだ。初めての会場でもあるし、緊張しないわけにはいかないだろう。
 最初のジャンプボールはいつもどおり部長で、相手も一番身長の高い選手を出してきた。これが普通だよな。昨日の柊がおかしかっただけだ。柊は垂直飛びは世界クラスだと思う。あれで身長もあれば……って、余計なことは考えるなだった。今は目の前の試合に集中するだけ。
 審判員は大きく腕を振り下げて、ボールを高く放り上げた。ボールはこちら側に落ちてきて小谷先輩がすかさずゲット。その勢いで速くもシュートを決めた。それからはこちらが優勢に試合運びをしていき、第2ピリオド終了時に10点差をつけた。
「俺らなかなかのコンビネーションじゃん」
 そう僕に話しかけてきたのは笑顔が絶えない大輔だった。なんか気持ち悪い。
「こうして大輔と一緒にコートに立つのは初めてだね」
「言われてみればそうだなあ。ポジションの関係上、俺はどうしても芳野先輩と被っちゃうからこんな機会一度もなかったな」
「おいおい、今はダベってる時間じゃないぞ」
 こちらに向かってくるのは小谷先輩だった。愛用の黄色いフェイスタオルで顔を拭きながらやれやれといった表情をした。
「考えてみれば隆先輩と俺と翔平でプレーするのって初めてじゃんか」
「そうだな。それがどうした?」
「コート外で仲の良い三人がコートでも一緒だと嬉しくなっちゃって」
 大輔は照れ笑いする。今日の大輔はだいぶテンションがおかしい気がする。プレーにも相当集中してて、パスも正確無比だ。そういえば昨日……それに今朝のあの出来事が関係してるのか?
「昨日付き合ってくれなかったけど、なんかあったの? あの後、だいぶ心細い思いしたんだ」
「あ、あ、ああ。まあな。ちょっとな」
 僕から目線をそらして、口笛を吹き始めた。分かりやすいやつ。
「今朝のこともあるし、昨日からなんかおかしいよ」
「俺にも……俺にも事情があるんだよ」
 とても小さな呟きに僕はふとこないだのことを思い出した。――道端での出来事。大輔の瞳の変化を鮮明に思い出せる。この感じはラバーブレスを買いに行ったときと同じだ!
 ――俺との絆を大事にしてね。そうしないとまた俺、狂っちゃいそうだから
 一言一句完璧に思い出せる。ここで更に問い質そうものなら、本当に狂ってしまいそうだ。
「翔平くん」
 一瞬顧問かと思ったが、声がした方を向くと小谷先輩が居た。薄ら笑いを浮かべていてちょっと怖い。僕なにかした?
「心細い思い? 先輩たちに囲まれて萎縮しちゃった?」
「い、いえ……その」
 大輔が居なくて心細かったと言えばそうだけど、二年前のあのことを知るのは僕だけで良いと思った。あの話は聞いただけで心をおかしくしてしまいそうだから。僕みたいに多感な年頃だと更に……。僕が答えに詰まってると、小谷先輩は助け舟を出してくれた。
「何か気になることでもあった?」
「な、なんで」
「なんでって、翔平動きにキレがないんだもん。上の空って感じだ」
 バレてた。同じ電車を使ってるというのに相手選手は来て、こっちの二年生三人は来てない。どう考えても不可解だ。
「やっぱり柊が介入してることは自明なんじゃ」
「だからといってどうするんだ? もう手遅れだ。今は目前にある試合のことを考えるだけ。そう言ったのは誰だ?」
「僕……です」
「今日の試合、お前がぽけーっとしてても勝てるとは思う。事実上の決勝戦は昨日の試合だったと思うんだが、ここで気を緩めて良いのか? 相手選手にも失礼になるし、俺も気分が悪い。何より正々堂々とって誓っただろ」
 当たり前のことを諭され、目前に広がる小谷先輩の胸が涙で滲んだ。小谷先輩が怖いんじゃない。自分の不甲斐なさが身にしみた。試合に対して真摯に向き合う姿勢……その点では柊にさえ負けてる気がした。嗚咽しそうになるのを必死に堪える。僕のことを考えて間を持たせようとしたのか、大輔が話に入ってきた。
「柊ってどっかで聞いたような」
「さっき話しただろ」
「あいつか! あのちっこいくせに技術だけは半端ないやつ。プレゼントの内容でも分かったんですか?」
「今あいつの話をしても何の得もないから、どうしても訊きたければ後にして」
「はあい。翔平、できれば俺もあの場に残ってたかったぜ」
 何事もなく僕に振ってきた。大輔が僕のことを考えて……なんてことはあるはずもなかったな。大輔もついさっき話してたこと忘れてるし、僕も感情が高ぶっててどうかしてたかもしれない。でも今の間で少しは落ち着いてきた。
「でも抜けられない用事があったんでしょ?」
「ああ――だったな」
 昨日の話になると途端に表情に曇りが見えて天を仰ぎ見た。瞳にふっと落ちた影。それが意味するものは僕には分からない。大輔の用事、すごく気になるけど触れてほしくないんだと思う。なら話してくれるまで待つまでだ。
「三人ともー、話しこんでないで来てくださいッス。もうすぐ試合が再開しますよー」
 伊藤の緊張感のない声に少し和んだ。
「先輩も注意されちゃいましたね」
「お前らのせいだ」
 大輔と小谷先輩の何気ないやり取りに少しばかり嫉妬を抱いてしまった自分がにくかった。全て自分がまいた種なのに、嫉妬するなんて筋違いだ。
 ベンチに戻ると、遅れてた二年生の三人が到着していた。かといって顧問が最初に言ってたようにメンバーに変更はない。これで十二人全員がこの会場に居ることになる。全員で戦い抜こう。相手のことを斟酌する前に自分たちだ。勝つことが第一だ。
 無事に全員揃って第3ピリオドは開始した。


 シュートを決めた後の僅かな時間に、三年生と一緒にプレーできることに幸せを感じていた。そう感じられるのは、ここで敗れれば中学生でのバスケ人生は終わりという背水の陣状態で臨んでいるからだと思う。ここで勝てば後一ヶ月……って余計なことは考えるな、だよな。
 第3ピリオドも終始リードした状態で終わり、最終ピリオドに突入した。相手チームはもちろん選手交代はなく、というかできずか。こちらも選手交代はない。このメンバーが今は最高なのかもしれない。できれば伊藤とかにも出番を回してやりたいとも思うけど、気を抜くと本当に危険だからな。すぐに逆転されてしまう。最終ピリオドも終盤に近づき、大輔から回ってきたボールを僕が持ってる時点で笛が鳴らされた。その瞬間、心の奥底から力が湧き出てきた。これで約一ヵ月後にある県中総体まで三年生と一緒に練習ができる。それが一番大きかった。
 みんな喜びを露にしていて、相手選手との握手は精悍な顔つきに戻そうとしたが笑みがこぼれるのを我慢できなかったようだ。僕はあまり表に出るタイプじゃないから良かった。
 ベンチに引き上げて、顧問の話を聴く。
「まずは優勝おめでとうございます」
「他人行儀になっちゃってー。先生のお陰だよ」
「いえ、一人一人が頑張ったお陰ですよ。先生は指導しただけですから。これから一ヶ月、しごいていきますよ」
 顧問は冗談が下手だなぁ。もっと真剣っぽさを出せば騙されそうなのに。
「楽しみだな、みんな!」
 部長は……騙された、というより、このハイテンションでしごかれても良いと思ってるんだな。もしくは気づいてないのか。部長なら後者も十分ありえる。このボルテージが高い中、一人だけクールな小谷先輩が出口に向かって歩き出した。僕も後についていく。
「まだ片づけがあるじゃないですか」
「こんだけいりゃすぐだろ。俺一人いなくなったところでバレやしねェって」
「どこ、行くんですか?」
「お前ももう分かってるだろ」
 柊のところか。
「僕も行っていいですか?」
「真実が知りたきゃな」
 柊が介入した理由とか、U中の選手とT中の二年生三人が会場入りした時間のズレの説明、本当のプレゼントはなんだったのか。知りたいことがいっぱいある。行くしかない。でもノースリーブのユニフォーム姿は体育館外だと恥ずかしいので、着てきたシャツを取りに更衣室に行ってから柊に会うことにした。小谷先輩はもうそんなことどうでも良いのか、ノースリーブに慣れてるのかは分からないけど、そのままの格好で柊に会うと言ってロビーで別れた。
 誰も居ない更衣室は三度目だ。……そんなことより。手早くロッカーからシャツを出してユニフォームの上から着た。小谷先輩の後を追うと、試合前に柊と話したところでまたしても話してた。二人に近づくほど前に進む足の歩幅が狭くなっていく。玄関から窓越しに見る二人はすでにヒートアップしていたようだった。

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