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手が届くならプレゼント(8-3)

 さすがに市の体育館だけあって館内は広くて開放的だった。ロビーにはすでに多くの人が集まってる。市の大会とはいえ、決勝戦だからギャラリーも多い。昨日まで試合をしていた高校の体育館も立派だったが、ここはそれ以上に立派だ。
 相手チームの選手が来てないということで試合が行えるかという不安もあったが、これだけ立派な場所でできるということで更衣室へと向かう足にも元気が湧いてきた。更衣室には先に入ってた部員たちがすでに着替え終えていた。真剣な表情の部長が僕たちに近づいてくる。
「隆、翔平、俺らは先に行ってるぞ」
「ああ」
 二人は一言そう交わして別れを告げた。僕も大輔と二言、三言交わしてから更衣室にずんずんと入っていった。
「誰も居ないか」
 小谷先輩がロッカーの裏や死角をくまなく探したが誰も居なかったらしい。いくらなんでもそれはないと思う。
「柊でもそこまでは」
「いや、あいつを侮っちゃいけない。残忍非道なことを平気でやってのけるやつだ」
 低い声が室内に響いて僕は些か恐怖を覚えた。それは先輩がこちらを向かずに淡々と話したことと、柊の非道振りが頭に浮かんだからだ。面と向かって言わない怖さもあるんだと思い知った。
「ほれ、着替えるぞ。早くしないとアップなしで試合に望むことになる」
「今は目前にある試合のことを考えるだけですよね」
「パクりかっ!」
「パクったつもりは毛頭ないですけど、そう思われたらすみません」
「翔平の素直さを見るとどうしても許しちゃうんだよ。今回だって……」
 時折冗談を交えつつ、談笑しながら着替えを終えた。だいぶリラックスムードだ。でもユニフォームを着て、だんだんと試合モードに入っていった。僕の手首には出かける直前に身に着けたラバーブレスが神々しく見える。もちろん先輩もいつものように二つのラバーブレスを着けている。
「んじゃ、行くか」
「はい!」
 僕たちは一足先に体育館に行ってる部員たちのもとへ小走りにかけていった。


 先輩の後をついていくと、メインアリーナと呼ばれるところに着いた。扉をくぐると中は熱気に包まれていた。観客席は思いのほか広く、たくさんの人が入っている。小柄な柊を見つけることはできなかったけど、この中に交じってると思うとなんか不快な気持ちになる。
 と、その中に何食わぬ顔をしてる芳野先輩がこちらに向かって手を振ってるのが見えた。振り返すと、笑顔になってほっとしたような表情をした。自分だけが出られないんだからな。やっぱり他の十一人全員揃って試合に出てほしいんだろう。
 観客の中に昨日のOB集団らしき人たちの姿は見えなかった。月曜日だもんな。みんな仕事に行っちゃってるか。……道理でおじいさん、おばあさんが多いのか。
 金・土・日でやれば良いと去年から思ってる。みんな一番見たいであろう決勝戦を月曜にやるのも変な話だよな。親御さんが子どもの姿を一目でも見られれば良い設計になってるのか? 永遠に解けそうにない難題だ。
 軽くアップしてると、浮かない顔の顧問がすたすたと来た。
「まだ相手チームの選手たちは来てないみたいです。こちらの二年生三人は電話があって、線路に置き石がされて電車が遅れているみたいです」
「時間厳守はしてほしいが、公共の交通機関での遅れはどうしようもないか」
 どっちが上か分からない。先生は及び腰で敬語だからどうも生徒より下に見えてしまうんだよな。しかも小谷先輩の方が大きいからさらにそう見えてしまう。顧問は手をパンパンと二回叩いた。
「心配してても始まりません。相手チームの監督から訊いたら彼らも電車で来てるようですし、巻き込まれてるんだと思います。相手の心配より自分たちの心配をしてみると良いですよ」
 そう言って顧問が見据えるのはコートだった。こっちのチームしか居ないとはいえ、コートには六人しか居なかった。隣に居る小谷先輩、それに僕を合わせて八人しか居ない。昨日までの三分の二だ。
「そうなるとスタメンは?」
「三年生三人と、翔平くん、大輔くんで考えてます」
 リザーブメンバーは一年生の三人と遅れてる同輩たちか。順当なところだ。
「同輩たちはどうなるんですか?」
 前代未聞のことなのか、顧問は「うーん」と長く唸ってから表情を曇らせた。
「先生も初めてのことなのでなんとも言えないですけど、このままだと試合時間には間に合わないかもしれません。そうすると選手として認められない可能性が極めて高いです。ただ、公共の交通機関の遅延なので認めてはくれると思いますが、心境を考えると試合には出せないですね」
 そうだな……。ん。ちょっと待て。
 電車が遅れたのは線路に置き石がされていたから。――置き石?
 作為的なものを感じる。柊の仕業なのか? 隣に居る小谷先輩の脇腹をちょちょいと肘で突く。するとこちらを向いて縦に深く頷いた。ビンゴ。でも分かったところでどうしようもないことなのは重々承知だ。今ではもうどうしようもなく、彼らの到着を待つしかない。
「柊のやつ、なめた真似しやがって! 俺は正々堂々と勝負をしたかった」
 小谷先輩のむなしい叫びを僕はただただ聞き届けることしかできなかった。


 試合開始時間の五分前になっても姿を現さなかったが、相手チームの監督と共にU中の選手らしき五人がコートに入ってきた。それと同時に館内にアナウンスが流れた。
「会場の皆様ご連絡致します。市中総体バスケットボールの部、決勝の試合開始時間は十分繰り下げて開始します。繰り返しお伝えします――」
 理由が一切述べられなかったが、電車が遅れてアップもほとんどできない状態での試合より、公平性を持たせて十分程度のアップ時間を持たせたかったんだろう。僕たちも相手の身体が温まってない状態で試合をするのは忍びない。適当な判断だ。
「小谷先輩、これで少しは公平な試合ができますね」
「そうだといいんだがな」
 煮え切らない様子の小谷先輩を見て僕は頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。むしろ表面化して頭の上に出てるかもしれない。
「正々堂々と勝負したかったって言ってたのに、どうして」
「どうしてもこうしても、あっちの五人は来てるにも関わらずこっちの二年生三人はまだ来てない。それが何を意味するか」
「道に迷った……とか?」
「それはないだろう。駅からここまではずっと表示がある。となると残る可能性は一つだけだ」
 全く以てわからない。着替えるのが遅い、道に迷った……は違うし、着替えるのが遅いからなのか?
「着替えるのが遅いんだ」
「希望的観測だなァ。ま、お前がそう思うなら更衣室に行ってみるか。時間もまだあるし、俺も確証を得たいしな」
 ん、間違えたのか。僕は小谷先輩に連れられるがままにして更衣室に行った。


「ほら、誰もいないだろ」
 さっきの小谷先輩のごとくロッカーの裏や死角まで探したが物音一つせず誰も居なかった。壁にもたれ掛かった小谷先輩の前に力なく近づく。僕も言ってから気づいた。あの三人は早着替えが得意技なんだよな。
「残る最後の可能性は」
「柊の介入」
 小谷先輩が恐れる相手で、僕自身も二年前のことについては話を聞いただけでも恐怖を覚える。あいつならどんな手を打ってきてもおかしくない。
「二年生の誰でもいい。あの三人のうち誰かに電話を掛けて今の場所を尋ねれば電車と答えるはずだ」
「ってことはつまり」
「U中側も遅れた理由はよく分からないが、やつらと柊はグル。もちろん金での関係でな」
 瞬間衝撃が全身を駆け巡った。悪寒がする。僕は踏み入ってはならないところに来てしまったかもしれない。
「昨日の芳野のことだって疑いたくはないが、金で口封じされてる可能性を考えてしまう俺がいる。事実今日の試合に出られないんだからこっちの戦力ダウンは確実だ」
 僕はかなりのネガティブ思考だと思ってたが、小谷先輩も相当なネガティブ思考かもしれない。いや、それとは違うか。小谷先輩は柊によって人生や思考を操られてると言うか、柊と出会ったせいで人格が歪んでしまったように思える。と、二人して沈思黙考してると遠くから再びアナウンスが流れてきた。
「試合開始五分前となりました。選手の皆さんはコートに集合してください」
 抑揚のない声がやけに胸に響いた。小谷先輩はもたれ掛かるのをやめて直立した。
「間に合わなかったな。今いる面子がベストだとも思うが、バスケ部十二人全員で試合に臨みたかったな」
「そう、ですね」
 さっき更衣室を出たときとは比べ物にならないくらい気分が乗らなくて、試合に影響してきそうなぐらいだ。
 まずは芳野先輩を含めた九人で踏ん張ろう。そして同輩の三人が来て、同じ空気を感じてるだけでもいい。十二人全員で試合に臨もう。

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