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手が届くならプレゼント(8-2)

 あまり揺れが感じられない車中は快適だ。それもそのはず、きちんと舗装工事された道路を走ってるからな。さすがに市の体育館に向かう道だ。ガタガタな道にはできないか。
 田舎と言うほど田舎でもなく、都会と言うほど都会でもない地方都市独特の風景を車窓から眺めてると違和感を覚えた。隣に座ってる大輔に訊いてみる。
「今日も小谷先輩は一緒に来れないの?」
 僕の問いかけに大輔は「うぅん」と長く唸った。
「連絡取ってみたけど、電話は繋がらないし、メールも返ってこない」
「そっか……。どうしちゃったんだろ」
「きっともう会場に居ておれたちを待ってますよ。メールも電話もただ単に気がつかなかっただけで」
 助手席に座ってる伊藤がこちらを振り向いて話に入ってきた。直後に大輔の鋭いツッコミが入る。
「そうかあ? 試合は昼からで起きてから時間あるし、一回ぐらいはケータイ見るだろ」
「言われてみればそッスね……」
 それきり会話が途切れ、二人とも唸ってる。本当に、言われてみればそうだ。もしかしたらメールとか電話が入ってて、それに気づかず過ごしてたら人間関係すぐに崩れ去ってしまいそうだからな。というか崩れる。だからバイブするにしても、ケータイはこまめにチェックしてる。そうしないと落ち着かないし。
 一同が不安な気持ちの中、会場に着いた。ここまで車で送ってくれた伊藤のお母さんに一礼して集合場所である正面玄関横にある花畑前に行くと、T中のバスケ部員が集まってる。小谷先輩も何食わぬ顔で居たので少しホッとした。でも何で大輔の行為を無碍にしたのかが気になるのには変わりない。僕と大輔と伊藤で真相を探りに行く。
「隆先輩、昨日はメールと電話したんですけど、気づきました?」
「あ……。ホント?」
 ちょっと今の間が気になったぞ。驚くのが一拍遅かったような。
「ほんとですよぉ。つれないなあ」
「すまんすまん」
 と言って平謝りする姿は愛嬌を感じる。それと同時におぞましさが全身を襲った。これはもう『一種のトラウマ』みたいなものになっちゃったのかな。あの時豹変した理由は今でも分かってない。今さら訊こうにも蒸し返してしまうし、先輩だって思い出したくないことだろう。僕もあまり思い出したくないことだ。触れないようにしよう。
「今日の試合に集中したくってな。近代兵器とはオサラバしてた」
 得意気にそう語ってる姿はかっこいいけど怪しい。本当にそうだったのか疑ってしまう。
「柊の言ってた『プレゼント』のことが気になって、早く会場入りしてみたが何の情報もなし。相手側の選手がまだ誰一人として来てないのは気がかりだが」
「プレゼント?」
 大輔と伊藤が息を揃えて言った。この間抜け顔っぷりがすごく似てて兄弟に見える。相性の良いコンビになりそうだ。
「二人とも知らないんだっけか。前提として柊って人は分かる?」
「分かります。Y中の4番の人だ」
「そう。色々とワケあってまあ仲は良いんだけど、その人が俺たちのためにプレゼントの用意をしてるって言ってたんだ」
 含み笑いをしながらそう言った。ワケあって仲が良い、か。昨日は「腐れ縁」だとか散々言ってたな。本人を前にしてないから冷静でいられるのかな。プレゼントという言葉を聞いてから伊藤のテンションがだんだんと上がってるのに気づいた。少し息が荒いぞ。
「楽しみッスね! どんなプレゼントだろう。勝ったらケーキワンホールとか?」
「平和だなァ。そんだけ可愛かったら良かったんだけどな。それは十中八九ないと言っていい」
「そうなんッスかあ。だとすると何ッスかね?」
「あいつの場合は『物』というより『形』のプレゼントだろう」
「物も形もあんま変わらないと思うんッスけどねえ」
 形。プレゼントと言えば普通は物だ。
 二年前の事件と今回のプレゼントが繋がるかは分からないけど、僕が知ってる柊の過去は二年前の事件しかない。そこから推測すると、二年前に柊は植木先輩に怪我をさせた。それは物ではなく、形だ。当時T中の部長だった植木先輩が居ないという状況を「形」作った。その点で考えれば……。
 さっき先輩が気になることを言ってたな。大輔と伊藤の「プレゼント?」で掻き消えてしまったが、
 ――相手側の選手がまだ誰一人として来てないのは気がかりだが
 柊のプレゼントって相手が誰も来ない状況のことなのか? だとしたら余計なお世話だ!
 ――スポーツマンシップに則って全身全霊、正々堂々と競技することを誓います
 先輩が選手宣誓の時に言ってたことだ。これじゃ全然スポーツマンシップに則ってない。市の中総体とはいえ不戦勝なんて相手もこちらも気分が悪い。しかも裏で柊が働いてるという状況だったら尚更だ。
「先輩、気になることがあるんです」
「気になること? ああ、芳野なら試合に出ないで応援」
「それはどうでも良いんです。今はそれ以上に気になることがあるんです。とにかく先生に訊いてみましょう」
「あ、ああ」
 先輩は戸惑いながらも付いてきてくれた。
 事情をよく把握してない大輔と伊藤を置いていき、まだ来てない部員たちを待ってる顧問の下へ自然と足が急く。
「先生!」
 僕の呼びかけに反応して振り返った。と思うと、眉間に眉を寄せ険しい表情になった。最初は理解できなかったが
「翔平くんどうしたんですか。なにやら切羽詰まってるように見えますけど……。具合でも悪いですか?」
 そういうことだったのか。僕は首を振って否定する。
「そうじゃないです。今日の対戦相手であるU中の選手って来てますか?」
「見かけてないですね。そろそろ来てもおかしくない頃だと思いますが、それを言うならこちらも同じですね。翔平くんと大輔くん以外の二年生がまだ来てませんから」
 ……嫌な予感的中なのか? 顧問は左手でパーを作って、その上から右手で作ったグーをぶつける。何を思い出したんだろう。
「そういえば、あちらは五人ですね。来るとしたら一気に来てもおかしくないんじゃないでしょうか」
 五人。僕の得意技である悪い方向に考える頭が冴える。バスケの最低出場人数は五人だ。一人でも怪我をしたら? 病気をしたら? 誰か一人でも欠けたら出られなくなる。柊が二年前のように相手側の誰かを怪我させたら、僕たちは不戦勝になる。最低のプレゼントじゃないか。
 小谷先輩も勘付いたようで表情が曇ってる。生唾を飲んで動く喉仏に静かな怒りを感じた。
 試合までもうすぐだということで、僕と大輔以外の二年生三人もU中の五人も誰も姿を見せないまま僕たちは一番最後に更衣室へと向かう。入り口まで来たところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ごきげんよう」
 その声は。驚いて振り向くと案の定柊だった。今日ばかりは、というか二度と見たくない顔だったのに。抑えてた感情が発奮しそうだ。僕以上に感情的な小谷先輩は我慢できずに柊に飛びかかった。ヤバいな、今日は植木先輩も誰もいないぞ、三人だけだ。
「柊っ!」
「人に会った瞬間飛びかかるなんて人ができてないな。昨日の植木の言ってたことが理解できてないのか」
 飛びつかれた柊は冷静沈着でポケットに突っ込んだ手を出してもいない。小谷先輩は植木先輩の名前が出されて冷静になったのか、首元に回してた手をゆっくりと解いた。
「分かればいいんだ」
「まだ相手側の選手が誰一人として来てない。自主的に来てないのか、お前が仕組んだのか。どう考えても後者でしかありえない」
 小谷先輩は柊のことをしっかりと見据える。対する柊は斜め下を向いた状態で話し始めた。
「俺が介入したことは事実だ。そしてお前の考えてることも正しい。ただ、相手側にも俺から『プレゼントがある』と言ってる。内容は圧倒的にお前らが有利だがこれで五分だ」
 だったら最初から介入してこなければ良いのに。と思ったが、そんな常識が通じる相手ではない。相手側にもプレゼントがある、か。芳野先輩の昨日の怪我のことではないよな。芳野先輩自身も、柊も嘘をついてる様子はなかった。柊は僕たちをかき回して一体何がしたいんだろう。
「じゃあな、今日は一観客として試合を楽しむとする」
 あなたは色々と介入して楽しいと思うけど、僕たちからしたら正々堂々と戦えなくて迷惑なんだ。双方に与えたプレゼントの内容も分からないし、モヤモヤ状態で試合に臨むことになりそうだ。
「なァ、翔平。柊の言ってたことどう思う?」
 話しかけられると思ってなかったので思わず身体がビクッと震えてしまった。小谷先輩は館内に入っていく柊の後姿をじっと眺めたまま僕に訊いてきた。
「バスケが楽しくて仕方ないんじゃないでしょうか」
「どういうこと?」
 先輩は僕の方を向いて真顔で尋ねてくる。あまり考えがまとまらないうちに言っちゃったな。柊からバスケへの情熱みたいなものが感じられた気がする。
「直感です。なんというか、バスケが好きすぎて今みたいな状況を作ってるんじゃないかと。ほら、悪戯とかって人に構って欲しいからやるものでしょ? それがバスケの試合での悪戯に変わっただけみたいな」
「はァ。お前はよくそんな突飛なことを即席で考えられるな。尊敬する」
 よく分からないが尊敬されてしまった。僕も自分で言ってることなのによく分からなかった。天然だと思われないように
「今のなしです。ノーカン」
「あ」
 二人して声が揃った。先輩が豹変した日の帰り道か。今思えば何であの時一緒に帰ったんだろ、不思議だ。
「懐かしいな。『ノーカン』って言ったときのこと鮮明に覚えてる」
「鮮明に?」
 先輩はコクリと頷いた。
「ま、いろいろあってな。さー早く行こうぜ」
 僕は豹変した時の先輩の顔はすごく印象にあるけど、その日の会話はほとんどと言っていいほど覚えてない。あまりにインパクトが強すぎたから。先輩が『ノーカン』って言ったことを何で鮮明に覚えてたのか訊き出せなかったけど、過去を懐かしむ余裕があっただけマシだと思えた。

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