HomeNovel << Back IndexNext >>
手が届くなら秘密(6-6)

 第4ピリオドは最後のピリオドだというのもあって気分もだいぶ高揚してきて、頭に血が回ってない感じがする。この状態のままでいると我を忘れてしまいそうだ。冷静さを失わないようにプレーしよう。幸い相手チームは相当いきり立ってるらしく呼吸が乱れてたり、目に怒気を燃やしてる。こういう風に周りにエキサイトしてる人が居ると、自分は冷静になれるもんだよな。
 パスは、力加減やパスを出す方法、タイミングの感覚も慣れてきて妨害されることもなくすっと通るようになった。シュートは小谷先輩や部長に託してしまってるから、今さら僕がシュートをし始めても意味がない。感覚って大事だからな。その分、全力でバックアップしよう。
 部長がシュートして外したボールがちょうど自分の真上に来そうだったので、キャッチしようと待ってたら柊が横からかっさらっていった。くそっ! 今のはジャンプしてでも取るべきだったか……。ファウルも取られてないし。
 ボールを取った柊はすぐに方向転換してドリブルでゴール前まで行く。本当に一人芸だな。ゴール前に一人でも居ればロングパスを出してそこからゆっくりとシュートを狙えたのに。相手チームは全員が全員「俺がやらなきゃ誰がやる」って精神だからな。でも、鮮やかにツーポイントシュートを決められてしまった。
 最後のピリオドは今まで以上にポイントの変動が激しくて、逆転してされてという感じだ。これは最後の最後、笛が鳴るまで集中力が切れない方の勝ちだ。一瞬でも気を緩めたら、一気に引き離されてしまいそうだ。
 残り1分。同点だ。ボールの権利はこちらにある。優勢といえば優勢だろう。大輔から出された直線的なパスを直でドリブルにして、ゴール前まで運び小谷先輩にパスを出した。先輩は小さくジャンプしてシュートを放つ。ボールが直でバスケットに入った。ワンポイント! 先輩のシュート成功率が徐々に高くなって来てる気がする。第3ピリオドからマークが緩くなったせいだからかな。時間ももうないし、僕に回ってきたボールは全て小谷先輩に回すくらいの意気込みで良いと思えてきた。先輩一辺倒にしたところで、相手は理性を失いかけてるからすぐに対策をしてこないはずだ。というかできないだろう。
 部長から回ってきたボールを、周りに誰も居ない大輔に出す。小回りが利く大輔ならどうにかしてくれるだろう。僕の周りには相手選手が居すぎて、突破できる自信がなかった。
 大輔はゴール前までドリブルしたボールを僕にパスした。キャッチする前に場所を確認する。スリーポイントラインの手前か。ここからシュートは無理だ。
 ここは何故か反対側に居る小谷先輩にパスを出した。
 そうか。相手は個人プレーになってるようなものだから、ボールに追いすがってくる。普通に考えて、ボールがない場所に行けば相手選手も居ないってことだ。あれだけプレーの上手い柊もボールについてくるから、チームでの連携とか信頼感ってものがまるでない。
 ボールを受け取った小谷先輩はこの試合ではよくやるジャンプシュートを放ち、3点差に広げた。
 でもここでほっとしてはいけない。試合終了の笛が鳴るまで気は抜けない。
 相手チームは柊にパスを出すと、受け取った柊はすぐにランニングシュートを決めた。あんなに背が低いのに、あのシュートを決めるってやっぱジャンプ力が半端じゃないんだな。僕たちが柊の速度に追いつけなくて何一つ妨害できなかったっていうのもあるか。
 ボールの権利がこちらに移って、部長の手にボールがある中で審判員の笛が長く鳴らされた。
 その瞬間、会場の人たちが少しどよめいた。僕も少しの間上の空だった。
 僕は意識を現実に戻しすぐさま整列して、礼をした。
「ありがとうございました」
 その後、相手チームの選手一人と握手をする。僕は並んだ場所の関係上、控えのプレーヤーと握手をしたがその僅かな間に掛けられた言葉に心底驚いてしまった。
「7番、ナイスファイトだったよ」
 7番は僕の背番号だ。図らずも胸にグッと来た。
 僕はほとんどが初耳だったけど、悪い噂が絶えないらしいY中のバスケ部員にまさかそんな言葉を掛けられるとは思わなかったので、何も言えずに終わってしまった。
 先輩が悪く言ってる柊以外は案外スポーツマンシップを持ってる良い人が多いのかな。キャプテンが「姑息な野郎」だと、どうしてもチーム内の人もそういう感じの人だと思ってしまう。実際のところ僕らのバスケ部は部長の穏和な性格が部員にも少なからず浸透してるからな。
 ベンチに下がって顧問の指示を待つ。顧問は一つ咳払いをすると、試合のときとは一変して優しそうな眼をした。
「よくやりました。三年生はどう足掻いても勝ちたかった相手だと思うので、勝てて本当に良かったです」
「なんかそれだと先生が『良かった』みたいじゃないか」
 部長のツッコミが入った。顧問はたじろぐ。
「先生個人としても勝ちたかった相手なんですよ。初戦のM中、今日のY中に勝ったんですから、その二校の分も頑張りましょう」
 そうなった理由を訊きたいけど、訊けるような雰囲気じゃないな。どうしても気になるからタイミングがあったら訊きたい。
「Y中という強豪校に勝ったということで気を緩めないでください。明日もあるんですから。特に三年生」
「はい!」
 ここは三年生の声が揃った。そういえば芳野先輩がまだ戻ってきてないな。そこまでひどいのか?
 その後は顧問から明日の集合場所と時間を聞かされた。明日は決勝だし、試合場所もこの高校じゃなくなるんだよな。と冷静に考えてたのに、みんなといったら、明日勝てば夏休み突入直後にある県大会に初出場できるとのことで浮かれてた。僕はどうも「勝った」って感じがしなくて、実感できない。
 でも、そんな中で一人だけ浮いてる人物が居た。大輔だ。どうもせわしくベンチの片付けをしてる。忙しそうだし話すのは後にしよう。
 ベンチの片付けをしてると、小谷先輩はOBだと思われる観衆に話しかけてた。試合中から思ってたけどなんなんだろう、あの集団。小谷先輩は実力がすごいからOBもその噂を聞きつけて来たのかな。
 一通り話し終わったらしく、今度は佐藤さんと……あの背の高い男の二人に話しかけてる。本当に何者なんだろう、あの男の人。後で訊いてみるか。
「先輩、何をしてるッスか? 速く着替えましょうよ〜」
 いつものごとく伊藤に馴れ馴れしく話しかけられ、周りを見てみるとベンチの片付けは終わってて僕と伊藤しか居なかった。
「うん」
 僕たちは着替えるために、中総体中は更衣室なる格技場に足を運んだ。


 観音開きの扉を開けた瞬間、幸せムードが顔にふりかかった。うわ……試合に勝つとこんなにハイテンションなのか。特に三年生。負ければ引退という瀬戸際で毎回試合に臨んでるんだからそうなるよな。しかも今日は「因縁」があったY中に勝てたんだから感激もひとしおだろう。
 あれ、なんだか大輔が焦ってるように見えるな。まぁ良いか。
 一足遅れて小谷先輩が入ってきた。ハイテンションな部長がパンツ一丁で真っ先に声を掛けた。
「隆、遅かったな」
「佐藤とイチャイチャしてきたのか?」
 今日はずっとコートに入ってたもう一人の先輩がからかう。
「あんな公衆の面前でしないって。それより、今日は植木先輩が来てたぞ」
「ええええっ! ほんとにっ?」
 二人して尋常じゃない驚き方だ。
「ほんと。じゃなきゃ冗談でも言わないし、言えない」
 なんなんだその「植木先輩」って人。三人の言動から察するに雲の上の人みたいな感じだな。
「折り入って話したいこともあるだろうし、芳野が保健室に居るからそこで待ってるって言ってた」
「わり。今日は身体ゆっくり休めたいから行けね」
「そうだな……俺も疲れてていけな」
「部長なんだから、『冠婚葬祭』でもない限り行けるよな? 部長が居ないんじゃ俺も合わせる顔がねェし」
 小谷先輩は不気味な笑みを浮かべながら、萎縮しきった部長の肩を叩く。
 植木先輩って人はT中のバスケ部OBの要人かなんかなのか? いずれにしてもチームを牽引してたのは間違いなさそうだ。今の三年生が「先輩」って言うことはたぶん二年前の部長なんだろうな。
 そんな楽しげな雰囲気の中、大輔が先陣を切った。
「お先しまーす。お疲れ様でした!」
「帰っちゃうのか? 植木先輩に紹介したかったのに」
「今日は抜けられない用事があって。すんませんっ。それじゃ!」
「なら仕方ないか。お疲れー」
 急ぎ足の大輔は何の用事だろう。試合が終わってからそそっかしかったな。
 観音扉がゆっくりと閉まったところで、小谷先輩が大きな声でみんなに声を掛けた。
「暇なやつらは着替え終わったら保健室に来ること」
「えぇー」
 一斉に嫌そうな声が上がった。
「俺らこれから遊ぶ予定があるんすよ。だから無理です」
 そう言ったのは二年の三人組。
「おれたちもッス! すまないッス!」
 そう元気に言ったのは一年の三人組の筆頭の伊藤だった。
「お前ら欲求不満だな。試合に出れない鬱憤を遊びで晴らすか」
 爽やかに笑ったのは部長だった。
 え、ちょっと待てよ。残ったの僕だけだ。案の定小谷先輩が近寄ってきた。……半裸で。
「翔平。お前は大丈夫だよな?」
 肩に愛用の黄色いフェイスタオルをかけてて、先ほど部長に浮かべたような笑みをしてくる。遠くから見てればほほえましい光景だったけど、近くでやられるとこわい。しかもさっきと違って半裸だし。少し頭を下げたから首筋にタオルの繊維が当たってくすぐったい。
 これは断れない。これといって用事はないけど、たとえ用事があったとしても断れない。
「はい」
「んじゃ、着替え終わったら俺と部長と翔平の三人で保健室行こうなー」
 終始変わらない笑みがこわかった。
 断りきれなくてこうなってしまったけど、なんか嫌だな。芳野先輩と植木先輩を含め、僕以外の四人は全員年上だ。顧問とあの養護教諭が居ても居づらい気がする。何でこういうときに限って大輔は居ないんだ。
 着替えが終わって、二年生と一年生、今日ずっとコートに居た先輩を見送って格技場には三人になった。
 部長が独り言のように呟く。
「ここも今日で最後か」
「思えば三年間、中総体はここでしか試合しなかったよな。明日は初めてのコートだ。大丈夫かな」
「隆がそんな弱気なこと言ってたら勝てないぞ。ポイントゲッターなんだからポイント量産してくれよ」
「ああ。そう、できたら良いな」
 鳥の囀りだけが聞こえる場内に低い声が響く。小谷先輩としては珍しく、含んだ言い方だった。
「さあ、行くか」
 小谷先輩は着てたTシャツの裾を持ってシワを伸ばしながらそう言った。試合が終わったにも関わらず腕には二つのラバーブレスを着けてる。普段ならバスケ中にしか着けてないのに。外し忘れたのかな。
 だんだんと僕はここに居ていいのか不安になってきた。お邪魔してるような気がしてならない。でも承諾した以上、とりあえずは二人の後についていった。
 大会関係者にすれ違いながら保健室に向かう。
「隆はさ、植木先輩に会うの怖い?」
「さっき少し話したけど、ぶっちゃけると怖い。全然チームができあがってないからさ。『あのときの約束』を果たせたのかなって思ってる」
「その約束を果たせてなくても、今の元気な隆を見たら喜ぶだろうよ」
 元気な隆。
「そうかな」
 先輩か……。来年、小谷先輩が応援に来てたらはしゃぐんだろうな。
「なんか今日は相手チームが相手チームだったし、途中からバスケになってなかったから、むしゃくしゃしてる。昔の俺を見てるみたいだった」
 確かに今日の第3ピリオド以降は個人技になってたな。「我を殺して相手を生かせ」って言うくらいの人だからそれはむかついてもおかしくないだろう。
 昔の先輩か……。この二年でだいぶ変わったみたいだけど、どんな人だったんだろう。
「昔の隆かあ。確かにあんな感じだったよな」
 本当に僕はお邪魔だと確信できた。この話を聴いてちゃ悪い気がする。
 早く保健室に着いてくれ! そうすればこの気まずい雰囲気から少しは解放されるだろう。なんて思ってると着いたみたいだ。
「保健室はここですね」
 二日続けて来るなんて常連になってしまった。
 廊下まで声が聞こえてきた。その中には下品な笑い声も混じってる。あの養護教諭だろう。
 植木先輩は小谷先輩が尊敬してる人だ。困ってる人を放っておけない性格とかは植木先輩から来てるのかな。きっとかなりの人格者なんだろう。僕も会うのがこわいような、楽しみなようなどっちつかずな心境だ。

HomeNovel << BackIndexNext >>
Copyright(C) 2009 らっく All Rights Reserved.