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手が届くなら秘密(6-5)

 第3ピリオドは初っ端から波乱だった。相手チームのキャプテン、柊が開始直後にゴール前までドリブルしていってスリーポイントシュートを鮮やかに決めた。能ある鷹は爪を隠すって言うけど、第2ピリオドまで本気を出してなかったのか?
 大輔がパスからのジャンプシュートを決めたことで、余裕がなくなって本気を出さざるを得なくなったとか……。でもこれが相手の本気なら血眼になって、やはりマークがばらけるかもしれない。
 個々の能力が勝つか、全員の力が結束して勝つか。「我を殺して相手を生かせ」ならば、勝ち目はあるはずだ。
 その後の展開は極端だった。相手は一人芸で、こっちは全員でパスを繋いでゴールを目指す。だけど、今までとは違って相手はツーポイントシュートを主にしてくるようになった。柊に至ってはスリーポイントシュートしか狙ってない。ワンポイントシュートより遥かに成功率は低く、点差は広がることもなく縮まることもなかった。やっぱ実力は同じくらいなんだ。
 プレーしてると、こちらがタイムアウトを取った。休憩って意味合いなのかな。今は特に指示を仰ぐような場面ではないはずだ。
 ベンチに行く途中、相手チームの選手が口論してるのが分かった。チームプレーの競技なのに「パスをくれ」だの、「一人でボールを回すな」だの、低レベルなものだった。本当に中学バスケなのか……というか、第2ピリオドまでの結束力はなんだったんだろう。ワンポイントシュートしか決まってなかったけど、パスは上手く回ってたし、これで中学バスケならありだろうって感じだったのになぁ。ベンチに着くと顧問が一言呟いた。
「思ったとおりですね」
 ああ、そうか。相手チームの様子を窺うためにタイムアウトを取ったのか。
「これなら相手は自滅します。でも油断はしないように。以上」
 短かった。まぁ相手チームの様子を知るために取ったようなものだからそれでも良いのかもしれない。
 僕は相手チームのベンチをまじまじと見てる小谷先輩に話しかけた。
「あの柊って人、姑息って言ってましたけど何かやったんですか?」
 気になってた。今までのプレーを見てきた感じ、審判を騙して悪いことをやってる訳ではなさそうだ。姑息って言うと事前に審判に賄賂を渡して、ファウルとかの判定を甘く見てもらってるイメージがある。
 先輩は微動だにせず、小さく口を動かした。
「あいつは、スポーツマンシップを持ってない最低野郎だよ。二年前にY中の一年に居たことは知ってたけど、まさかキャプテンにまで上り詰めてるなんてな。現実って俺が思ってる以上に酷なんだな」
 先輩の心情が反映された語り口に僕は何一つ言葉が浮かんでこなかった。
「世の中そんな上手く行かないですよね」
 考えあぐねた結果出てきたのは安っぽい言葉。押しつぶされそうな雰囲気に喉が圧搾されて言いきるのがつらかった。
 スポーツマンシップか。そういえば先輩は中総体の激励会で
 ――スポーツマンシップに則って全身全霊、正々堂々と競技することを誓います
 と声高に言ってた。あのときタメを作ったのは柊が頭を過ぎったからなんだろうな。あんな「最低野郎」と同じになる選手が出ないように。
 先輩は一つ深呼吸をして気持ちを切り替えたみたいだ。虚ろだった瞳が生気を取り戻していった。


 タイムアウトが明けても試合の流れは変わらなかった。
 相手がスリーポイントシュートを決める間にこちらは3点を取ってる。でもマークが緩くなったからパスを出しやすいし、ボールを取られにくく試合の展開が速くなった。
 大輔から回ってきたボールをスリーポイントラインに居る小谷先輩にパスを出した。誰にも邪魔されずキャッチすると即座にシュートを放ち、バックボードに当たってバスケットにイン。その瞬間、観衆から拍手が巻き起こった。そんなに居たっけ、と思ってチラと見ると見たことのない人たちが十人くらいの私服のおじさんたちがT中を応援してくれてた。OBか何かなのかな? 昨日は居なかったと思ったけど、緊張で周りまで見てられなかったから、見落としたのか。中にはこの暑いのにカッチリとスーツを着てる人まで居る。応援してくれてるのは嬉しいけど、ちょっと怖いな。
 あ、佐藤さんが来てる! 野球部の応援が終わって直行してきたのかな。制服を着てる。その隣に誰かいるな。って、もう再開か。休憩時間になったら見てみよう。
 観衆の応援を背に、第3ピリオドは逆転して4点差まで引き離した。
 第4ピリオドまでの合間に顧問に話しかけられる。
「体調、大丈夫そうですか? 第4ピリオドまで体力が持つようならお願いしたいのですが……」
 体調。そんなことすっかり忘れてた。試合に出ると気分が高揚して、体調が悪いなんて考えたこともなかった。
「大丈夫です。芳野先輩はどうなんですか? 姿を見ないですけど」
「どうもまだ足が痛むらしくて、今は保健室です。『あの方』なら心配ないでしょう」
 あの方か。確かにあの方なら心配ないな。ざっくばらんで、腕は確かだ。でも性格に問題ありだとは思う。
 試合中に見た観衆を今度はじっと見る。あの変な団体さんは良いとして、佐藤さんともう一人隣に誰か立ってたんだよな。試合中はそこまで見る余裕がない。
 吹奏楽部の友達でも連れてきたのかという直感だったけど、背が高くて……どう見ても男。しかも楽しそうに話してる。男友達だとしても、佐藤さんは小谷先輩の前に男友達を連れてしれっと出てくるような人ではないと思う。でも複数で来てるならまだしも、男と二人きりなんて恋愛感情しか考えられない。こういうのは人に訊くのが一番だ。ストレッチ中の大輔に訊いてみる。
「佐藤さんと一緒に居るのって誰か分かる?」
「ワカラナイなあ。っていうか佐藤来てたんだ。全く気づかなかった」
「そっか」
 大輔と一緒に来てるようなものか。考えられない。佐藤さんってそんなに気配りできない人……な訳ないよな。何か訳があるはずだ。
「そろそろ第4ピリオド始まるから集まれー」
 部長に召集をかけられ、円陣を組む。
「このまま逃げきるぞ!」
「おう!」
 なんとも部長らしい掛け声だった。攻撃的じゃなく守備的な考え方だ。
 ここに来てT中の結束力はかなり高まってるのに対し、相手はバラバラだ。顧問が召集をかけても一向に集まる気配はない。人数が多いっていうのもいけないんだろう。観衆にベンチに入れなかった選手っぽい人が数名見える。大所帯のチームも大変だな。
 T中のバスケ部、十二人っていうのは少ないと思ってたけど案外バランスが良いのかもしれない。

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