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手が届くなら秘密(6-4)

 コートで各々の選手がアップをしてるのを見てるだけで、緊張が高まっていく。それと同時に、もうすぐ試合なんだという気も高まる。
 相手側の一番背の低いあの人――柊慶介がプレーは一番うまい。だからこそ、キャプテンになれたのだろう。小谷先輩とは悪い縁があるみたいだけど、試合中はそんなことを気にしてられない。というか、そこまで頭が回らない。プレーでいっぱいいっぱいだ。
 でも、なんでだろう。なんで、T中はY中のことを「因縁の相手」としてるんだろう?
 相手もほとんどが三年生で構成されてるらしく、二年前のことを知らないわけがない。T中がY中のことを一方的に因縁としてるだけ……なのか?
 答えが出せないまま試合が始まりそうだ。先輩や顧問に訊いたところで言葉を濁して教えてくれる訳もない。同じ状況の大輔と話してみよう。そうすれば幾分か気が紛れる。コートの隅でストレッチ中のところに話しかけてみた。
「いよいよって感じだね」
 言ってから気づいた。大輔はもう第1ピリオドに出てるし、なんと言っても、さっき謝ってくれたのにこっちは何事もなく話しかけるなんてフェアじゃない。大輔が気にしないにしても、僕は気になる。
「ああ、んだな。調子はどうよ?」
 そんなことを考えてる間に大輔がストレッチを止めて反応してしまった。どうしよう、謝るタイミングを失った。
「どうした? 話しかけ」
「今日はごめん!」
「い、いきなりなんだよ?」
 急に謝った僕に対して、大輔は驚きを隠せない様子だ。でもこれで良いんだ。ちょっとタイミングを見誤ってしまった感じだけど、これで関係がフェアになる。
「ここに来るまでのことだよ。大輔は謝ったのに、僕は謝ってなかった。このままだと試合中もモヤモヤしちゃって、大輔にパスを出せなかったかもしれない」
 後半はいかにも「謝ろう」という気持ちで話しかけたかのように振る舞ったが、本当はそうじゃない。大輔の顔をしっかりと見据えたときに思い出しただけだ。
「まあな。俺も謝り逃げみたいな形にしちゃって、悪い思いさせたな」
「翔平ー、大輔ー、試合始まるぞ。無駄な会話なんかしてないで、早く来い」
 部長に招集をかけられ、思わず笑ってしまった。無駄な会話な訳あるもんか。有意義で、しかも試合にも関わるぐらい重要な話をしてたところなんだぞ。そりゃまぁ傍から見てればただの謝りっこだったかもしれないけどさ。
「んじゃ、行くか」
「うん」
 これで仲直りできた。試合に対する不安材料がこれで一つ減った。後はT中とY中の「因縁」なんだけど、これはT中の単なる逆恨みか何かなのか? どうなんだろう。
 気になって仕方ないとまではいかなくても、不意に頭を過ぎって、試合に集中できなくなりそうだ。


 ベンチの前で部員全員で円陣を作った。作戦の再確認だ。マークするのは基本的に決められた相手だけだけど、隙があったら小谷先輩がマークしてる柊慶介――4番もマークしろと。
 そして部長の掛け声に続いてみんなの声が揃った。
 ふぅ、いよいよだ。コートに向かう途中に小谷先輩に優しく背中を押された。
「緊張するなよ」
「は、はい」
 短いその一言に様々な想いがこめられてるのを感じた。
 審判員が指示大きな声を上げる。
「礼!」
「よろしくお願いします!」
 それに続く。
 自分のポジションについて、一度深呼吸した。
 勝てる。
 格上の相手でもその気持ちを最後の最後まで捨てなければ勝てるはずだ。第1ピリオドで序盤引き離されたのに5点差まで縮められたんだ。逆転してやろう。
 ボールの権利があるのはこちら側からだ。審判員の笛が吹かれ試合開始の合図となった。
 部長からボールをいきなり下からパスされ、捕球に失敗しそうになったが、なんとか踏ん張ってボールを落とさずゴール前までドリブルで持っていく。大輔にパスを出すと、そのままシュートをしたが、あえなく外してしまい、落ちたボールを小谷先輩と相手の4番がジャンプして競り合う。結果は小谷先輩の勝ちだ。そしてシュートを決めた。華麗だ。でもあの小柄な体格のくせにジャンプ力はかなりあるな。僕だったら競り負けてた気がする。
 点を取って、取られてを繰り返して相手側がタイムアウトを取った。
 4番がうまいのはもちろんだけど、その4番だけでなく他の選手も何気にプレーがうまい。パスを出してもカットされることが多い。ゴールポストから落ちてきたボールを拾われる確率も高い。技術は同じくらいだけど、そういった細かいところで負けてる。
 見てるだけじゃ分からないことが多いな。ベンチから見てるときはそんなことを全く考えなかった。顧問から指示が飛ばされる。
「細かいところ大事にね。勝てない相手じゃないよ」
 手を叩いて鼓舞するなんてだいぶ興奮してるな。でも言ってることはまさにそうだ。その僅かな差をこの試合中に埋められるかどうかがポイントになってくる。
「翔平、パスの精度が悪いぞ。無駄な邪念は取り払え。試合以外のことは考えるなよ。そんなん後でもできっから」
 小谷先輩からそんな指示を与えられ、少しテンションが下がった。
 試合以外のこと、か。気づいてないだけでわだかまりがまだあるのかもしれない。首を横にぶんぶんと振って振りきった。なら良いんだけど……。
 第2ピリオドタイムアウト時は、第1ピリオド終了時と同じ5点差だ。このままだと追いつけないな。相手ボールのときにボールを奪えられればこのシーソーゲームから抜け出せるんだけど……。もしくはツーポイントシュートかスリーポイントシュートを決めるか、か。今は不気味なぐらいどちらのチームもワンポイントシュートしか決まってない。
 この状況を打破するには僕が昨日みたく、スリーポイントシュートを決めるしかない――わけないよな。小谷先輩がいる。しかもその本人に「我を殺して相手を生かせ」って昨日言われたばっかりだった。僕のポジションは幸いポイントゲッターみたくポイントを荒稼ぎするポジションじゃないからな。そんなポジションは小谷先輩だ。だけど調子がどうも芳しくないようでスリーポイントはおろか、ツーポイントシュートも決まってない。それだけマークが厳しいと言うのもあるんだろうけど、先輩も緊張してるのかな?
 二年前がどうのこうのって言ってて、今年はこうして当たった。じゃあ去年はどうだったんだろう。Y中と再選するのは二年振り……なんだろう。僕が一年の頃はベンチで待機してるだけでも緊張しちゃってて、対戦相手がどこだったかなんて覚えてない。でもこんなに先輩や顧問が豹変したら絶対に覚えてるはずだ。だから、きっと二年前の再戦なのだろう。
「おーい、どした?」
 部長の声で現実に引き戻されると、目の前で手を上下に振られてた。
 うわぁ……こういうのって誰かが視界に入った時点で気づくものだと思ってたけど、そんなことはなかった。今は本当に考えてることだけに意識があったのか……。そりゃこの短い間にこれだけ考え事してたら意識が考えることだけに向いてなきゃ無理なことだよな。
 「気にするな」とか「余計なことは考えるな」って言われるほど気にしちゃったり、考えちゃったりするもんだよな。もう自分でもどうしたらいいか分からない。頭の中で「気にするな、考えるな」とお経のように繰り返すと今度はそっちに気を取られちゃって、プレーに集中できなくなりそうだ。でも逆に意識しないといつの間にか考え事をしてると思う。……ほら、今みたく。
「ごめんなさい。なんでもないです」
「そか。ならいいんだが」
「翔平ー、試合再開するぞー」
 大輔にも呼ばれ、ボルテージが高まってきた。ここから巻き返そう!
 相手ボールから始まり、すぐにワンポイントシュートを決められた。またシーソーゲームの始まりか……と思いつつも、部長から回ってきたボールをドリブルして相手陣地へ攻め込んでいく。
 三つの点を即座に確認する。シュートできる位置に居るのは小谷先輩と大輔。マークは先輩に二人、大輔には一人。ゴール下には先輩、そしてツーポイントエリアには大輔。
 試合再開後すぐに巡ってきたこのシーソーゲームを潰すチャンスだ。決めてくれ!
 大輔に放物線を描くようにパスを出した。直後、ツーポイントエリアギリギリのところまで踏み出してきて、……膝を少し曲げジャンプした。
「あれは」
 体勢がふんぞり返ってしまってるが、見事にシュートを決めて4点差に縮まった。「ナイスシュート!」とコートはもちろんベンチに居る部員から声が上がる。パスを出した僕も驚きだ。一度も練習でやったことがない技だ。思わず大輔に駆け寄って肩を叩く。
「パスをそのままジャンプシュートするなんてやるじゃん!」
「これは『いける!』と思ったし、それに隆先輩へのマークが厳しいからな。まあ理由は他にも色々とあるけどさ、今は試合に集中しようぜ」
「うん」
 まとまりきらなかったのかずいぶんと言葉の選択がめちゃくちゃだったが、嬉しそうに顔を弛ませ、声の調子が高かった。これで大輔は完全に調子付いたな。後は小谷先輩が本調子になれば勝ち目はあるぞ。僕のポジションはどちらかと言うと守備寄りポジションだから守備でチームを盛り立てよう。
 このままシーソーゲームが崩れていくと安易に思ってたが、なかなか点差は縮まらなかった。第2ピリオド終了時は最後にこちらがツーポイントシュートを決めたので、3点差になった。ベンチに下がって顧問の指示を一言も漏らさず訊く。
「相手の調子は変わらないけど、こっちは確実に上がってるよ。ツーポイントシュートも決まりだしたし、さっきの大輔くんのシュートで明らかにあっちは動揺してる。マークがばらけてきてるからこの隙を突くしかないよ」
「次のピリオドで逆転するぞ!」
「おう!」
 部長の掛け声に部員が大きな声で呼応した。
 顧問も含めて全員が完全に心が一つになってる。「勝てる」じゃなく、「勝つ」という目標に。

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