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手が届くなら秘密(6-3)

「礼!」
「よろしくお願いします!」
 T中とY中のバスケ部員全員の声が揃う。僕もその中にいながらも一斉に上げられた声に少し萎縮してしまった。大きな声って苦手なんだよな。
 礼が終わり、列が崩れてく。僕はいつもどおりベンチへ。……って、昨日だけはコートに残ったんだよな。相手のベンチを見るとざっと数えても十人ぐらい居る。コートにはすでに五人居るから参加人員ギリギリだな。それに引率の教員とマネージャーっぽい女の子も居る。かなりの大所帯だな。これだけ居たら部員なのに出場できなかった人も居そう。T中はその点では良かった。部員全員が選手なんだから。
 ベンチからコートを眺めてると、小谷先輩と相手のスタメンで一番背の低い人がなにやら話し始めた。知り合いなのかな。あれだけの実力を持ってたら自然と寄ってきそうだからな。
 そんな二人を見てると、審判員の人が笛を吹いて注意をされたみたいだ。試合開始前なのに二人ともリラックスしすぎ……かと思ってたらにらみ合ってて、ちょっと怖かった。これが「因縁」なのかな。
 顧問もそうしてるのかと思いきや、コートに居る先輩たちと大輔に声を掛けてた。これが大人と子どもの違い? いや、試合に集中しようとしてるだけか。
 審判員はボールを脇に抱えて、笛を口にくわえなおした。昨日とはえらい違いでずいぶんと気持ちがゆったりとしてる。出場することがないっていうのが一番大きい。
 審判員はボールを手のひらに乗せて高く放り上げたと同時に笛を鳴らした。
 最初のジャンプボールは相手に取られてそのまま攻め込まれ先取点は相手だ。今度はT中側のボールになって、部長が小谷先輩へ放物線を描くスローパスを出すとさっきの背の低かった人が小谷先輩の前に来てジャンプをしてボールを奪い取った。身長差は結構あるはずなんだけど、それ以上に俊敏さとジャンプ力の高さで負けてしまった。ボールはそのままT中サイドに運ばれ、一発でシュートを決められた。
 思ってたより強いな。このままだと「因縁」じゃなくて、「嫉妬」と取れるような気がしてきた。Y中からしてみれば僕らの中学は眼中にない状態なんだろうか。なんかそんな気がしてきたぞ。
 熱中して試合を見てたら
「翔平くん」
 不意に声を掛けられて身体がビクンとした。
 顧問だ。何の用だろう。
 次の言葉を聞いたとき、僕の緊張は一瞬でピークに達した。
「事態が変わりました。第2ピリオドから出場してくれますか?」
「えっ?」
 思わず聞き返してしまった。
「やっぱり、無理ですよね……」
「どうしてですか?」
 理由がすごく気になるぞ。パッと見ても調子の悪そうな選手は居ない。顧問は顔をしかめてある人物を指差した。その先は
「芳野くんが足を痛めちゃったみたいで、プレー中はどうってことない顔してるけどそれ以外では左足を気に掛けてるからね」
 よく見てみると本当にそうだった。顧問の観察力はすごいな……。全然気づかなかったぞ。だけど、足を痛めたのならすぐに代わった方が良いと思う。相変わらずしかめっ面の顧問を見る。
「それなら今すぐにでも代わった方が良いですよ!」
「昨日言ったこと忘れちゃった?」
 昨日は記憶が朦朧としてて、断片的にしか記憶がないが、常識的に考えてみる。
「今交代して今日負けたら、『今の時点』で中学最後のプレーだっていうこと、でしたっけ」
「それもあるし、翔平くんも心と身体の準備ができてないだろう?」
 言われてみれば今日は出場しない気でいたから試合前のアップも適当にやってた。でもそれなら他の人を選べばいいのに、なんで僕なんだろう。
「なんで僕なんですか? 芳野先輩のポジションなら伊藤が適任だと思います」
「総合的に判断したからだよ」
 なんだそれ。眉間にシワを寄せて考え込んでも、分からなかった。調子の悪い僕を使うより、やる気も上手さもある伊藤を選んだ方が「総合的」に良いと思うのに。顧問はコートの方を見ながら話し始めた。
「チームプレーなんだから、コンビネーションが大事でしょ。上手くてもチームでの経験が『浅い』とどうなる?」
「そりゃあ順応せざるを得ないですけど、気苦労するとは思います」
「そう。今コートに居るメンバーにこれ以上負担をかけさせられないよ」
 練習試合のときも、先輩たち四人と僕か大輔でチームを組んでたから安心感は伊藤より僕の方があるだろう。コンビネーションだけに重点を置くならばの話だけど。いずれにせよ顧問がそう言うなら僕はそうするしかない。
 小谷先輩と大輔と僕の三人が同じコートに立つなんて初めてだ。顧問はコートに向けてた目を僕に戻すと、儚げな笑顔を浮かべた。
「大丈夫。何かあったら僕が全部責任を取るから」
 そんな顔で言われても大丈夫だと思えない。
 さて、身体をほぐしておくか。


 第1ピリオドの終了が近づいてきたとき、僕もアップをし終えたので顧問のところへ向かおうとすると芳野先輩を見つめながらぼそりと呟いた。
「芳野くん、大丈夫かな……」
 やっぱダメかもしれない。


 第1ピリオドのジャンプボールは、相手が取ったから次は僕たちから始まる。点差は5か。第1ピリオドは、最初こそ圧倒的にねじ伏せられたものの、何とか粘って、5点まで縮められた。ここからが正念場だな。
 顧問は当たり前だけど、ベンチでうなだれてる芳野先輩の容態を心配してる。
「足、痛めちゃったみたいだけど、大丈夫? 休むのが必要なら、翔平くんと代われるようにはしてあるよ」
 終始、心配そうな声音だった顧問に気づいたかどうか分からないが依然芳野先輩は考え込むようにして、一向に顔を上げようとする気配はない。
 さっき言ってた通りだ。ここで交代してしまったら今のが中学校生活最後のバスケのプレーになる。しかも足の痛みを我慢してのつらい状態だったというのが記憶に残る。かといってここで無理をしてしまったら、更に悪化した場合を考えると……。どちらにしても苦渋の選択だ。
 先輩はその葛藤の中で、今闘ってるんだ。僕がどうこう言える問題じゃない。本人が決めることだ。顧問も深入りはできないだろう。先輩は微動だにしないまま静かに考え込んでる。僕としては、出るか出ないかを早く決めてもらいたいところだけど、急かす訳にも行かない。どちらにしてもアップはしておいた方が良いだろう。
 僕がジャンプ等をしてアップを始めると、芳野先輩は顔を上げて、顧問に何かを伝えてた。僕の行動を見てたかのようにタイミング悪いな。まぁそんなことは言ってられない。顧問にどうなったか訊きに行こう。
「どうなりましたか?」
 顧問は難しそうな顔をしてる。そして、一呼吸置いてから話し始めた。
「悔しいけど、今は無理できないって。あのこともあったから、慎重になっるのかもね」
「あのこと?」
「すみません。口が滑りました。……さ、もうすぐ第2ピリオドが始まりますから、用意してください。さっきのことは気にしないようにね」
 そう言った顧問の顔は険しかった。


 コートの線である青いテープの前に立つ。コートでは部長と大輔がなにやら話し合ってる。僕はこのピリオドから入るから関係ないか。パスとかの確認だろう。
 昨日体験したばかりだけど、笛が吹かれる前にコートに入るのは新鮮だ。いつも騒がしい試合途中でしか入ったことがないからこの静けさは集中するのに良い。静けさと言っても、隣の女子の試合はまだやってるし、試合中に比べると観客も興奮してないってだけでしんと静まり返ってると言う訳ではない。でもこれぐらい騒がしい方が僕には良いかもしれないな。
「翔平は次から入るんだよね? よろしく」
 うわ!
 いきなり背後から話しかけられて身体がビクンとうなった。よく知ってる人の声でも恐怖を感じちゃうんだなぁ。
「小谷先輩……」
「どうかした?」
 素知らぬ顔で聞き返してくるのが少し恨めしい。
「いや、なんでもないです」
 ここで、「背後からいきなり声掛けるのやめてくださいよ」って言ったところで意味がない。前もこんなことがあったし、気配を察知してたり居ることが分かってればこんなことにはならない。僕が注意してればいいんだ。
「ふぅん。なんか今日は変だな」
 後ろ髪をぼりぼりと掻いて、いかにもどうでもよさげに話した。やっぱ先輩でも今日は自分のことで精一杯……だよな。と、何かに気づいたように目を見開いた。
「あ、もしかして俺のせい?」
「へ? いやいや、先輩は関係ないですって! 昨日倒れちゃったのが効いちゃってます」
「さっきのこと、気にしなくていいからね」
 僕が慌てふためきながら返答したものは見事にスルーされた。今日は「気にしなくていい」ってみんなから言われるな。
 さっきのことってラバーブレスを……忘れたことか。先輩は気にも留めてないって感じでさらっと流したけど、今こういう風に言ってきたってことはやっぱ忘れられなかったんだろう。でもなんで僕がラバーブレスを着けてないことをこんなにも重要視するんだろう? 言ってしまえばあんなのはただの飾りだ。先輩が着けてるからって理由で僕も憧れたけど、無意味っちゃ無意味だ。まだ県大会だからそんな人目に晒されることもないし。
 辺りを見回すと、相手ベンチが目に入った。監督とスタメンの六人で円を作って何かを話し合ってた。やっぱあの小さい人が目立つな。先輩は最低限知り合いみたいだし訊いてみるか。
「相手チームにバスケやってるにしては小柄な人が居るじゃないですか。先輩と知り合いなんですか?」
 急激に先輩の顔色が曇ってく。さっきは遠くから見てたからどんな表情で話してたか分からなかったけど、この分だと訊いちゃいけなかったみたいだ。でも気になるし……僕が悶々としてると先輩は重い口を開いた。場が凍りつくようなあの声音で。
「あいつは柊慶介。バスケ部の部長になったみたいだな。あんな姑息な野郎がなるなんてY中の底が知れてる」
 え、え。新しい情報が多すぎて頭の中で整理できない。一つずつ確認してこう。
「ヒイラギ、ケイスケって名前で、先輩とは旧知の仲なんですか?」
「旧知って……。事実だけどそんな良い言葉をあいつには使いたくない」
 露骨に嫌そうな顔をされた。話していくうちに先輩の視線がだんだんと下がっていく。表情も、この話を始めてからずっと苦しそうだ。
「じゃあ、腐れ縁ってやつですか?」
「それでもない。なんていうかさ、それより悪い状態」
 とりあえず納得したように数回小さく頷いておく。
 腐れ縁より悪い状態なんてあるか!
 と、いつもならツッコむところだけど、話が重すぎてそんな雰囲気ではないことをひしひしと感じる。なんか僕もこれ以上突っ込んで訊きたくはなくなってきた。でも「姑息」ってすごく気になる。ここまで突っ込んで話を訊いてしまった以上、踏み込んでも大丈夫かな。
「姑息って」
「二人ともそろそろですよ。コートに入ってください」
 長話をしてたら顧問に注意された。先輩の表情が徐々に和らいでく。さっきまでは眉間にシワを寄せてかなりつらそうだった。先輩の少し強張った声がする。
「今日は審判員に注意されないようにしなきゃな」
 今顧問にはされたけどな。
「せんぱぁーい、がんばってくださーい」
 この間延びした声は伊藤か。まぁ緊張をほぐすには程好い心地だな。まぁ期待に応えられればベストなんだけど、余裕がないときにそんな声を掛けられても右から左に流れてしまうぞ。
 気にしない、か。そうだな。なんだか気になることがいっぱいあるけど、今は目の前のことをやるだけだ。試合に集中しよう。

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