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手が届くなら秘密(6-2)

 昨日とは違い小谷先輩も居て、一番最後に来た僕らで全員集合だった。大輔とは視線を合わせず、小谷先輩の下へ伊藤と共に行く。みんなに軽く挨拶をしてから会話に入る。
「今日も早く来たんですか?」
「いや、今日は予定通りにバスで来たよ」
 予定通りって言うと、僕が今日予定してたバスなのかな。大輔なんかに根負けせず、今日もバスでくれば良かった……。そうすればこんなことにもならず、気分よくこの場所に来られたのに。僕が落ち込んでると、伊藤が先輩に話を振った。
「そーなんッスか。やっぱ来年はおれもバスで来ようかな」
「だな。今日勝っても明日の試合会場は変わっちゃうから、今日が最後のチャンスだったな」
 みんな思い思いにしてると顧問が学校からやってきて、体育館に行くことになった。一番後ろにつこうとすると、顧問が隣に寄り添ってきた。伊藤と先輩は先に行っちゃったから相手するしかないか。
「元気がないみたいだけど……大丈夫ですか?」
「は、はい」
 思わず苦笑いしながらそう返事した。
 試合に出場したいっていう思いがあったんだろう。ここで「ダメ」と言ってしまえば顧問のことだから無理をさせずにしてくれるだろう。でもそうしなかったのは出場したかったっていうのもあるし、顧問に無駄なことで心配をさせたくなかったから。
「まぁ無理はしないようにね。タイミングがあれば出場してみる?」
「え、いいんですかっ?」
「いいよ。ただ今日は三年生がいきり立ってるかもしれないから、そのつもりで」
「……お願いします」
 昨日言ってたことだろうな。少ししか話題に出なかったけど、そのときの顧問と先輩の目つきを見てれば大体は分かる。因縁といってもその度合いがかなり深い。どんなことがあって今日の対戦相手、Y中と因縁が起きたのかは分からない。一つだけ分かるのは僕が入部する前に何かがあったということくらいだ。
 そうだ、あのことを訊いてみよう。訊きづらいっちゃ訊きづらいけど、いずれ分かることだ。それを今訊くか、後に訊くかの違いだけだな。
「今日ってスタメン誰なんですか?」
「うーん、そうだねぇ……」
 そう言って顧問は右手の甲で額を拭った。汗が出るほど暑くはないから困ったという合図だろう。言いにくそうにしてるし。僕は機転を利かせて違う話を振った。
「今年の大会ってレベル高くないですか? 初戦からいきなり接戦でしたし」
「そういう風が吹いてるとは思うよ。M中があんなに頭角を現していたのは正直驚きだった」
「ここに来てまさかのバスケブームですかね?」
「それとはまた違うんじゃないかなぁ。熱意ある子だったり、小学校のころからバスケチームに入ってたりする子は練習熱心だからね。そういう子が多く集まっただけなんじゃないかな」
「今の一年はそんな感じあります?」
 顧問は前を見据えて、注意を払った。
「ここだけの話ね、友達同士で入ったような感じだから、あまり見込みはないよ。今のところは練習も真面目に取り組んでるけど、一年後も翔平くんみたいにやってるかどうかは分からない。伊藤くんは見込みがありそうだけどね」
「あ、やっぱ伊藤は将来有望ですよね」
 伊藤が二人を無理やり誘ってバスケ部に入れたなら分かる話だな。
 顧問は「ところで」と話を変えてきた。
「無理してない? ここまで翔平くんと二人で話したことってないから、気を遣われてるんじゃないかなぁって思ったんだ。スタメンのこと、訊きたそうだしね」
 うまく話題を変えられたと思ってたけど、僕の勘違いだったみたいだ。隠そうとすればするほど発露しちゃうんだろう。しかも顧問はそういう機微な変化を感じ取るのが得意そうだから尚更だ。
 ん、待てよ。これに似たような状況、身近にあったような……。
 僕が思い出そうとする間に顧問が話し始めた。
「今日は、三年生四人と大輔で行くよ」
 瞬間、うつけたようになり視界がぐらりと揺れた。無意識のうちに落ちてきた頭を押さえるとかなりの重量があった。
「だ、だいじょうぶ?」
 顧問は狼狽しつつも僕を心配してくる。体調が優れないっていうのに寝不足にされるし、スタメンから外されたショックで今のめまいを誘引したんだ。
「今日は大事を取って休んだ方がよさそうだよ」
「そうはいきませんよ。ベンチに居るだけでも……」
 食い下がると、顧問は僕の熱意を感じ取ってくれたのか、仕方ないといった風情でOKサインを出してくれた。咄嗟にそう返事をしたのはY中がどんな相手なのか知りたいし、あんまり考えたくないけど今日が先輩たちの引退試合かもしれないしな。


 顧問と一緒に体育館に入ると、女子の試合中だった。邪魔にならないように脇を通って、あの汗臭い格技場に入った。
 相変わらずむせそうになる。これだったらいっそのこと用意してくれなくても良かったかもしれない。でも貸してくれてるんだから文句は言えないか。一人寂しく端っこで着替えを済ませると伊藤がやってきた。僕の手首をじーっと見つめて唸ってる。なんだろう。360度全方向を見ても変なところは見当たらない。
「どうかした?」
「日比谷先輩って昨日ブレスレット着けてませんでした?」
「あ、ああ。そのことね」
 ヤバい。完全に忘れてた。昨日の一件で記憶があやふやになってた。えーと昨日は帰ってから風呂に直行して……そのときだ。だから今は洗面台のところにある。先輩が直々に二つも渡してくれたっていうのに、何やってんだろ……。
「昨日は昨日。今日は着けないよ」
 さらっと流そうとしたが、伊藤は食いついてきた。
「ほんとッスかー。じゃあ今の間はなんだったッス?」
「なんて言おうか考えただけだよ」
「そうなんッスかー。じゃあこれ以上追求しないッス」
 そう言って一年二人の元へ走って行った。まるで嵐のように過ぎ去っていくな。……大輔みたく。
 周りを見渡してみると、集まって話をしてるのは一年の三人、二年の三人、三年の三人と見事に分かれてる。じゃあ僕は残りの二人のところに入ってみるか。
 二人は案の定話してて……って、小谷先輩と、大輔だ。小谷先輩一人なら入りたいところだけど、大輔が居るんじゃな……。それに先輩はなんだか楽しそうだし尚更入りにくい。
 先輩たちの輪に入るのは恐れ多いし、二年は仲良し三人組だし僕自身もそんな仲良くないし、伊藤が居る一年のところには行きにくいし、どうしたものか。
 しょうがないので真剣な顔つきで紙とにらめっこしてる顧問のところへ行く。
「その紙なんですか?」
 質問しただけだというのに顧問は慌てふためいて紙を後ろに隠した。そういうことされると気になるじゃないか。盗ろうと両脇から掴もうとしても上手く掴めない。そんなことをしてると顧問は自分のカバンに入れてしまった。見たかったのに……。
「見せてくださいよー。もしかして今日の対戦相手の資料かなんかですか?」
「違うよ。――まぁ関係があるといえば否定はできない」
 そこには悲憤を感じて、容易に立ち入ってはいけない領域だと直感した。
 背後から足音を感じ、
「せんせー、まだ時間大丈夫なんすか?」
 この声は、大輔だ。視線を伏せてすぐさま立ち去る。
「少しはあるよ」
 顧問は立ち去る僕に気がついたのか「あれ」と声を上げた。気づかれたくなかった。
「翔平くん、時間あるって言ってももう集合かけるからその気でいてね」
 どうやら大輔と僕の不仲に気づいたわけではないようだ。生返事をして、小谷先輩の下へ行く。先輩は一人でケータイをいじってた。何してたのか訊いてみたいな。
「何やってるんですか?」
 相当のめり込んでたのか、ビクッと身体を震わせて僕の方を凝視してきた。会話に入る前からちょっといやな感じだ。ここで茶化しても良さそうだけど、今はそういう場面じゃないな。やめとこう。先輩の返事を待つ。
「佐藤にメール送っただけ」
 そう言ってケータイをパタンと閉じて自分のカバンに入れた。髪をガシガシと掻きながらうんざりとした様子で僕に訊いてくる。
「どうかした?」
「い、いや、なんでも……ないです」
「そっか。今日の試合頑張ろうな」
 今日の先輩はなんだかそっけなく感じる。対戦相手のことしか考えられないのかな。でも次に発した言葉は僕が思ってたこととは逆だった。
「昨日ちゃんと寝たか? いつもと様子違うし……」
 僕のことを考えてくれてて心配してくれた。次の瞬間、先輩はまずった感じになって、不自然に後ろ髪を掻く。ん、僕なんかしたかな。
「今日ってもしかしてスタメンじゃないか? わりィ!」
 首を横に力強く振る。大切な試合だという今日、負い目を感じさせて負担を掛けたくない。
「いやいや、体力がない僕がいけないんですし、先輩は気にしなくていいです!」
「ホントにごめんな」
 頭をポンポンと優しく叩かれ、なんだか……惨めな気持ちになった。
 そしてさっき、思い出せそうで思い出せなかったことが分かった。
 目の前に居るこの小谷先輩のことだ。あれは先輩の家に遊びに行ったときだったな。
 ――心配されないように努力してるけど、筒抜けだった
 隠そうとすればするほど意識しちゃって逆にバレちゃう。今は不安でいっぱいな精神面を表面に露出させないようにして、僕を気遣ってくれたんだ。やっぱ先輩は僕の憧れだ。
 先輩は僕の頭を触った後にそのまま手首を掴んで二人の間に動かした。……バレちゃった。
「ラバーブレス……忘れちゃった?」
 首を縦に小さく振る。先輩には特に知られたくなかったことだ。
「無理もないよな。昨日倒れちゃったんだし」
 もの凄い罪悪感に駆られた。僕に二つもラバーブレスをくれたのに、よりにもよって忘れちゃうなんて最低だ。しかもこれはみんなに配ってるわけじゃなくて僕にだけ渡してくれてる。それだけの信頼があるのに、裏切ってしまった。優しい先輩のことだから表面には出さないだろうけど、この一件でどこか信用ならないところができてしまったかもしれない。
 気まずい空気のまま会話が終わり、集合がかけられた。対戦相手に因縁とかそういう感じがあるところだという情報は一度も出なかった。一、二年生とは無関係の話題を出しても士気が下がるだけだと判断したのかな。
 昨日と同じように校内アナウンスが響き、僕たちは体育館へ……と思いきや、背後から押し殺した声で話しかけられた。
「待てよ」
 一番見たくない顔だった。口元をきゅっと締めて不機嫌そうだ。今日はあれから極力見ないようにしてたからどんな表情でいたのか全然分からなかったな。
「大輔」
「今日はごめん。――それだけ。じゃ」
 表情を変えないままそう言われて茫然自失としてしまった。颯爽と横を通りすぎていく。突然のことで謝り返せなかった。こういうのって先に言ったもの勝ちみたいなところがあるから、なんだか負けてしまった気分だ。大輔は謝ったから何も臆せずに僕に話しかけてくるだろうけど、僕はまだ謝ってない。このままじゃ心にモヤモヤが残りそうだ。でも上手く謝るタイミングを見つけられる自信がない。
「日比谷せんぱぁーい。早く来るッスー」
「今行くよ」
 やっぱ人間関係って疲れる。

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