高く遠く女は度胸、男は愛嬌(2-2)
週明けの月曜。いつも一番最後までいる安藤先輩を待って一緒にサッカー部がいるグラウンドに降り立つ。高校総体が近いから、多くのサッカー部員が残って練習を続けていた。
晴喜先輩は壁に向かって一人でシュート練習をしていた。体勢を崩しながら何度もやっている。何回も首を傾げながら試行錯誤しているようだ。そんなのはお構いなしに突撃をかける。
「今日も一緒に帰りませんか?」
壁際に転がったボールを取りに行く晴喜先輩に話しかけた。
「綾子ちゃん」
振り向きざまに眉を吊り上げ、意外そうな表情をした。
「今日はごめん。もっと練習したいんだ」
「そ、そうですか。こちらこそごめんなさい。練習中だっていうのに迷惑ですよね」
口角を上げて、なんとか笑顔を作った。しかし、視線を落としてしまう。なんて自分勝手なんだろうか。高校総体――インハイが近いから志が高い人は練習したいはずだ。それに晴喜先輩はエースとして期待されているんだ。それに見合うだけの練習量というのがあるはずだ。
砂を蹴る音が近づいてくる。他のサッカー部員じゃなく、これは
「インハイの予選が近いからさ、今日はごめん。それが終わったらまた一緒に帰ろう」
顔を上げると晴喜先輩が笑っていて、頭をぽんと優しく叩いてくれた。
「ボディタッチをやめんかーい!」
遠くから怒号が聞こえてきた。猛然とダッシュしてくるのはやはり安藤先輩だった。
「だからその、私は触ってくれても別に全然かまわ」
「綾子が構わなくても私が構うの。大丈夫だった? 痛いことされてない?」
安藤先輩はこれまた頭を優しく叩いてくれて、抱きしめてくれる。なんか過剰じゃないですか。晴喜先輩が声を上げる。
「するわけないじゃないですか。何がよくて女の子の頭を全力で叩くんですか?」
「振られたら」
「振られてもしませんよ!」
「付き合ったこともないのに言い切れるの?」
「いくらショックを受けても女の子を叩きませんよ。どう考えてもおかしいでしょう」
「それもそーね」
この話題は軽く終わってしまった。やっぱこの二人の掛け合いは絶妙だ。どのくらいこういう関係を続けてるんだろう。実は、私と帰る前は安藤先輩と晴喜先輩って二人で帰ってたのかな。……ないか。晴喜先輩が女の人と一緒に帰ってたら翌日の学校はその話題で持ちきりだ。たぶん。
「帰りましょう。安藤先輩」
「晴喜は……練習か。がんばってね」
「はい。二人とも気をつけて」
安藤先輩は終始からかわないのが好かれるポイントなのかな。好感度としては明らかに私より安藤先輩の方が高い。
晴喜先輩に別れを告げて、安藤先輩と二人で帰る。
「綾子と二人になるのって久々ね。どう? 晴喜は。理想の男の子だった?」
「ドストライクですよ。考え方も見た目も仕種も、その全てが」
晴喜先輩の上半身が頭を過ぎったが、身体も、とはさすがに言えなかった。言ってしまったら何を言われるか、はたまた晴喜先輩に危害が及ぶかもしれない。二人だけの秘密だ。
「そっか。その恋、実るといいね」
隣を歩く安藤先輩を見ると遠い目をしていた。あんな爽やかスポーツマンが一度も付き合ったことがないってホントなのかな。私が晴喜先輩を嫌うとしたら落胆するような趣味とか、嗜好を持っていたらだと思う。でもそれを含めて好きになりそうな気もする。
なぜ晴喜先輩が付き合わないのか。仲の良い安藤先輩がすぐそこにいるので、疑問をぶつけてみる。
「晴喜先輩ってあんなにモテそうなのに、彼女いたことないんですか?」
「見るからにウブじゃん。女を知らないって感じ丸出しでしょ」
そうなのか。
「それにあいつは俊介みたくなりたくないんだよ」
安藤先輩の声のトーンが変わった。
「というと、どういうことですか?」
「俊介は去年のインハイ予選で自分が原因で失点して負けたの。そしてサッカー部どころかサッカーすらやめたんだよ。あいつからサッカー取ったら何も残んないって」
最後は冗談っぽく言って、笑った。
そういえば俊介先輩はサッカーが上手いって晴喜先輩が言っていた。今の晴喜先輩と同じくエースだったんだろう。そのエースが失点して負けた。それでいてエースながら点を取れなかったのも悔いが残ったのかな。周りがどう励ましてくれようとも、心の中では自分が責められていると感じてやめちゃったのかな。そうならないために晴喜先輩は頑張っている、と。
「あいつはね、この高校にスポーツ推薦で入学したの。大学もそのまま行けば今狙ってる大学よりもっといいとこに行けたはずなのにね。バカだよね」
乾いた笑いが現実を物語っていた。その通りだと思った。その屈辱に耐え切って今も続けていれば違う未来があったんじゃないのかな。
「晴喜はあんなバカでも慕ってるみたいだけどね」
幼馴染のことについてひとしきり話し終えた安藤先輩はどこか寂しげだった。約束された未来を自分から手放してしまった。安藤先輩が「バカ」と言うのはきっとそこが一番でかいんだろう。
「なんか晴喜がいないとつまんないー。不完全燃焼って感じ」
ぶりっ子のように言わないでください。晴喜先輩がかわいそうです。でも安藤先輩にさっきのような寂しげな雰囲気はなくなって、いつもの明るさが戻ったのは幸いだった。
「晴喜先輩と仲良いですけど、私と三人で帰る前も一緒に帰ったりしてたんですか?」
「してないよ。誰があんなのと帰るかって」
「ひどい言いようですね」
「だって言い寄ってくる女の子、一人残らず振るんだよ。あ」
言ってから気づいたのか、口元に手を当てる。そう、私もきっと告白して玉砕するんだろう。安藤先輩にはそういう未来が見えてしまったんだろう。
「ごめん。でも綾子には晴喜の『初めて』になってほしいよ」
初めて……。私にそうなれる素質があるのかは分からない。安藤先輩は親指を立てた。
「そうなれるように私も応援するから」
「ありがとうございます」
こんなに応援してくれてホントにありがたい。でもやっぱり安藤先輩のあの言い方は引っかかる。
「何人も、見てきたんですか?」
安藤先輩は口元に人差し指を置いて逡巡する。どうやら私の質問の意図を汲み取ってくれたみたいだ。言ってから気づいたけど、これで絶望的なことを言われて私は大丈夫なのだろうか。告白まで持っていけるのだろうか。不安だった。でもその不安を払拭するように安藤先輩は目を細めて笑っていた。
「そーね。でも今までの子より綾子は好かれてると思うよ。その天真爛漫さがいいんじゃない? 今までの子は晴喜の前だと明らかにいい子ぶってたから」
「そうなんですか。ちょっと自信持てました」
さっきと言ってることが違うと思ったけど、そこは気にしない。
「安心材料になるかどうかわかんないけど、あいつは振っても今までと同じように接してくるからね」
それもそれで困る気がする。振られた翌日に偶然会ったとして「おはよう」なんて爽やかに言われても……私は返せる自信がない。
「といっても、ほとんどの女の子はその優しさに耐えられずに諦めて終わっちゃうんだけどさ。残りは女友達としてやっていくって感じ」
やだなぁそれ。私も振られたら前者になる気がする。
「それって晴喜先輩は振ったって思ってないんじゃないですか」
「そうかもね。あいつ鈍いから」
そう言ってあははと乾いた笑いをする。私も釣られて笑ってしまう。……笑い事じゃないよね
それからはたわいもない話をして一日が過ぎていった。
晴喜先輩は壁に向かって一人でシュート練習をしていた。体勢を崩しながら何度もやっている。何回も首を傾げながら試行錯誤しているようだ。そんなのはお構いなしに突撃をかける。
「今日も一緒に帰りませんか?」
壁際に転がったボールを取りに行く晴喜先輩に話しかけた。
「綾子ちゃん」
振り向きざまに眉を吊り上げ、意外そうな表情をした。
「今日はごめん。もっと練習したいんだ」
「そ、そうですか。こちらこそごめんなさい。練習中だっていうのに迷惑ですよね」
口角を上げて、なんとか笑顔を作った。しかし、視線を落としてしまう。なんて自分勝手なんだろうか。高校総体――インハイが近いから志が高い人は練習したいはずだ。それに晴喜先輩はエースとして期待されているんだ。それに見合うだけの練習量というのがあるはずだ。
砂を蹴る音が近づいてくる。他のサッカー部員じゃなく、これは
「インハイの予選が近いからさ、今日はごめん。それが終わったらまた一緒に帰ろう」
顔を上げると晴喜先輩が笑っていて、頭をぽんと優しく叩いてくれた。
「ボディタッチをやめんかーい!」
遠くから怒号が聞こえてきた。猛然とダッシュしてくるのはやはり安藤先輩だった。
「だからその、私は触ってくれても別に全然かまわ」
「綾子が構わなくても私が構うの。大丈夫だった? 痛いことされてない?」
安藤先輩はこれまた頭を優しく叩いてくれて、抱きしめてくれる。なんか過剰じゃないですか。晴喜先輩が声を上げる。
「するわけないじゃないですか。何がよくて女の子の頭を全力で叩くんですか?」
「振られたら」
「振られてもしませんよ!」
「付き合ったこともないのに言い切れるの?」
「いくらショックを受けても女の子を叩きませんよ。どう考えてもおかしいでしょう」
「それもそーね」
この話題は軽く終わってしまった。やっぱこの二人の掛け合いは絶妙だ。どのくらいこういう関係を続けてるんだろう。実は、私と帰る前は安藤先輩と晴喜先輩って二人で帰ってたのかな。……ないか。晴喜先輩が女の人と一緒に帰ってたら翌日の学校はその話題で持ちきりだ。たぶん。
「帰りましょう。安藤先輩」
「晴喜は……練習か。がんばってね」
「はい。二人とも気をつけて」
安藤先輩は終始からかわないのが好かれるポイントなのかな。好感度としては明らかに私より安藤先輩の方が高い。
晴喜先輩に別れを告げて、安藤先輩と二人で帰る。
「綾子と二人になるのって久々ね。どう? 晴喜は。理想の男の子だった?」
「ドストライクですよ。考え方も見た目も仕種も、その全てが」
晴喜先輩の上半身が頭を過ぎったが、身体も、とはさすがに言えなかった。言ってしまったら何を言われるか、はたまた晴喜先輩に危害が及ぶかもしれない。二人だけの秘密だ。
「そっか。その恋、実るといいね」
隣を歩く安藤先輩を見ると遠い目をしていた。あんな爽やかスポーツマンが一度も付き合ったことがないってホントなのかな。私が晴喜先輩を嫌うとしたら落胆するような趣味とか、嗜好を持っていたらだと思う。でもそれを含めて好きになりそうな気もする。
なぜ晴喜先輩が付き合わないのか。仲の良い安藤先輩がすぐそこにいるので、疑問をぶつけてみる。
「晴喜先輩ってあんなにモテそうなのに、彼女いたことないんですか?」
「見るからにウブじゃん。女を知らないって感じ丸出しでしょ」
そうなのか。
「それにあいつは俊介みたくなりたくないんだよ」
安藤先輩の声のトーンが変わった。
「というと、どういうことですか?」
「俊介は去年のインハイ予選で自分が原因で失点して負けたの。そしてサッカー部どころかサッカーすらやめたんだよ。あいつからサッカー取ったら何も残んないって」
最後は冗談っぽく言って、笑った。
そういえば俊介先輩はサッカーが上手いって晴喜先輩が言っていた。今の晴喜先輩と同じくエースだったんだろう。そのエースが失点して負けた。それでいてエースながら点を取れなかったのも悔いが残ったのかな。周りがどう励ましてくれようとも、心の中では自分が責められていると感じてやめちゃったのかな。そうならないために晴喜先輩は頑張っている、と。
「あいつはね、この高校にスポーツ推薦で入学したの。大学もそのまま行けば今狙ってる大学よりもっといいとこに行けたはずなのにね。バカだよね」
乾いた笑いが現実を物語っていた。その通りだと思った。その屈辱に耐え切って今も続けていれば違う未来があったんじゃないのかな。
「晴喜はあんなバカでも慕ってるみたいだけどね」
幼馴染のことについてひとしきり話し終えた安藤先輩はどこか寂しげだった。約束された未来を自分から手放してしまった。安藤先輩が「バカ」と言うのはきっとそこが一番でかいんだろう。
「なんか晴喜がいないとつまんないー。不完全燃焼って感じ」
ぶりっ子のように言わないでください。晴喜先輩がかわいそうです。でも安藤先輩にさっきのような寂しげな雰囲気はなくなって、いつもの明るさが戻ったのは幸いだった。
「晴喜先輩と仲良いですけど、私と三人で帰る前も一緒に帰ったりしてたんですか?」
「してないよ。誰があんなのと帰るかって」
「ひどい言いようですね」
「だって言い寄ってくる女の子、一人残らず振るんだよ。あ」
言ってから気づいたのか、口元に手を当てる。そう、私もきっと告白して玉砕するんだろう。安藤先輩にはそういう未来が見えてしまったんだろう。
「ごめん。でも綾子には晴喜の『初めて』になってほしいよ」
初めて……。私にそうなれる素質があるのかは分からない。安藤先輩は親指を立てた。
「そうなれるように私も応援するから」
「ありがとうございます」
こんなに応援してくれてホントにありがたい。でもやっぱり安藤先輩のあの言い方は引っかかる。
「何人も、見てきたんですか?」
安藤先輩は口元に人差し指を置いて逡巡する。どうやら私の質問の意図を汲み取ってくれたみたいだ。言ってから気づいたけど、これで絶望的なことを言われて私は大丈夫なのだろうか。告白まで持っていけるのだろうか。不安だった。でもその不安を払拭するように安藤先輩は目を細めて笑っていた。
「そーね。でも今までの子より綾子は好かれてると思うよ。その天真爛漫さがいいんじゃない? 今までの子は晴喜の前だと明らかにいい子ぶってたから」
「そうなんですか。ちょっと自信持てました」
さっきと言ってることが違うと思ったけど、そこは気にしない。
「安心材料になるかどうかわかんないけど、あいつは振っても今までと同じように接してくるからね」
それもそれで困る気がする。振られた翌日に偶然会ったとして「おはよう」なんて爽やかに言われても……私は返せる自信がない。
「といっても、ほとんどの女の子はその優しさに耐えられずに諦めて終わっちゃうんだけどさ。残りは女友達としてやっていくって感じ」
やだなぁそれ。私も振られたら前者になる気がする。
「それって晴喜先輩は振ったって思ってないんじゃないですか」
「そうかもね。あいつ鈍いから」
そう言ってあははと乾いた笑いをする。私も釣られて笑ってしまう。……笑い事じゃないよね
それからはたわいもない話をして一日が過ぎていった。
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