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君色の光【その6】

 また心が休まらない。
「ゆ〜か〜、和樹に近寄らないでって何回言ったら分かるの!」
 日野さんが永沢に詰め寄っている様子……この光景もデジャヴになってきた。何回やれば気が済むんだ。
「和樹くんは誰のものでもありません。和樹くんが決めることです。私と居たいから一緒にいてくれてるんでしょ?」
 隣にいる永沢がオレのほうを向いて「ねっ?」って首を傾げてきた。その仕種は反則だ。いとおしくなっちゃう。日野さんも見てくる。
「う、うん。まぁ」
 日野さんには今度会ったらビシッと言ってやろうと思ったのに全然できてない。それに比べて永沢は言葉を濁さないではっきりと言ってくれた。男らしくてこっちが惚れちゃいそう。日野さんはオレに向けていた視線を永沢へと即座に移した。ただ前を向いただけっていうのに「フンッ」ってそっぽかれた気分だ。なんだか吐息が荒いぞ。
「勘違いしないで! あたしを前にしてるから言えないだけ。二人きりのときだったら『麻衣、大好きだよ。オレは君のことしか見えない』って耳元で囁いてくれるもん」
 おいおい、それはないだろ。確かに後半は言ったけど日野さんのことを名前で、しかも呼び捨てするなんてことは出来ない。……永沢にしてみたら嫌なことなのかな。呼び捨てではあるけど苗字で呼んでいる。男子は呼び捨てして名前が多いけど女子は十中八九、苗字に「さん」付けだ。呼び方だけに限るけど、その接し方って他の女子にやってることとほとんど変わりない。いや、接し方だってほとんど変わりない。大抵オレは相手の行動を待っている方だ。それは永沢に対しても変わらない。アクションを起こすべきはオレなんだ。日野さんにビシッと言ってやるって決めたんだ。相手のことを中途半端に思いやっても迷惑がかかるだけ。もしそれが本当の気持ちだと誤解されてしまったら厭わしい。
 変わろうと努力してもう三日目。頭では変わろうとする強い意思があるけど、実際は全然変わることができなくて歯痒い。反射的に優しくしてしまい、その度に自分にイラつく。そしてその怒っている姿は誰の目にも不愉快に見える。永沢も不快な気持ちになって悪循環を繰り返すだけだ。
 それを打ち破るためにオレは今、決心した。頭にある強い意思に従って、自分の意識を保って言葉を発する。
「前々から思ってたけど君とオレは生徒会で一緒なだけだ。オレに特別な感情を抱いてても別にいい。だけど、永沢とオレの仲を引き裂くように吹っ掛ける人なら軽蔑するよ。……実際はそうもいかないだろうけどさ」
 胸に嫌な感じが残る。
 日野さんに対して、どうしてオレはこんなにも酷いことが言えるのだろう。変わるために戻ったオレの本性……? そんなわけない。付き合いが浅いから? 違う。そうだとしたらオレは永沢に対しても、今みたいな態度を取ったっておかしくないということになる。日野さんは生理的に受け付けないというか、なんというか。……まだ気持ちが固まってないのに、突き放すようなことをして日野さんにとってみれば迷惑でしかない。ちゃんとした気構えもないうちに、口をついて出た言葉に日野さんは何が出来る? 反論されればすぐに打ち崩されてしまうけど、何も言わなかったらそこで終わりになってしまう。後悔先に立たずだけど、そんな強い精神はオレにはないよ。何度も言われ続けてきたことなのにこれだけは出来ない。無駄だって解ってるけど、どうしても考えてしまう。次からは直そうと思ってもそう簡単に変わることはできない。
 錯綜する考えの中、日野さんの様子を窺うと「くっ」と何回もつらそうに声を漏らし涙目になっていた。オレのせいだ。オレのせいで不快な気分にさせてしまっている。
「和樹のウソツキ!」
 当然の報い。日野さんは言い終わるとまっしぐらに廊下を駆けていった。
 たとえ虚言だったとしても「好き」って言ったのは事実。「ウソツキ」呼ばわりされても仕方がない。人は表面上でしか人を量れない。相手の気持ちを汲むことは出来ても本当の気持ち、内面まではたどり着けない。オレは嘘の気持ちで言ったけど日野さんには甘言に聞こえたかもしれない。人によって感じる『違い』の差がじれったい。オレは優しくすれば誰だって嬉しくなると思っていたけど永沢にしてみたらそれは嫌なことで、表面にも出てしまうぐらい嫌悪されている。
「……行くぞ」
 遠巻きに見ている生徒たちの視線が痛い。今はただこの場から逃れることだけを考えるようにした。階段に向かおうと歩き出しても傍観者たちは動かないもんだから押し退ける。反応は人それぞれみたいで吃驚している人もいれば呆れている人もいた。そうだよな、オレの言動は日野さんの逃げる場所をことごとく潰している。今のことしか考えてなくて、これからのことなんてこれっぽっちも考えていない。折り合いをつけすぎだと言われて実行したけど、度が過ぎたみたいだ。
 階段の踊り場まで来てクルリと方向転換したら、右前方から誰かのなんとも言えない呻き声と共にけたたましい音が聞こえた。
「あきゃっ!」
 どよめきの中声がしたほうを見ると、永沢が階段で腹ばいになっていた!
 足が一階に着いちゃってて、右腕を伸ばしているが何も掴めていない。これは一大事……って、そんなこと考えてないで助けよう。オレは階段を駆け下りると永沢の体をまず仰向けにしてそれから体を起こした。
「大丈夫?」
「ぜっ、全然大丈夫じゃない!」
 これでもかってくらい目を大きく張っている。ん。右手の手首が擦り切れてて血が出てる。これはやばそうだ。
「保健室行こうか?」
「これから午後の授業始まっちゃうから、先に行ってて。これくらい大丈夫」
「でも」
「いいから」
 一瞬にして冷めた表情になって手のひらを返すような態度を取られた。強がらないでよ。さっきのは嘘じゃないよね。だったら
「永沢」
「なに?」
「無理しないで」
 オレを頼って。永沢は困惑した表情を浮かべるがそんなのは無視だ。強引さがオレには足りない。怪我をしていない左手首を持つと意外に細くて驚いた。握る力を緩める。後ろを向いてゆっくりと歩き始めると永沢はついてきてくれた。良かった。この前は歩くのが速すぎて永沢がついてこれなかったから今日は意識して歩いている。
 そうだ、ちゃんと言わないと。
「オレのこと、頼っていいから」
 オレの一番足りない部分。今までオレは永沢のことを頼ってばっかだった。変わらないといけない。逆の立場になるべきだ。足を進めるのを止めて永沢を見る。いつものぽかーんとした顔じゃなく真面目な顔つきをしている。
「オレじゃ頼りない?」
 首を横に振ってくれた。できれば声で言ってほしかったけど、そう思っていてくれるってだけでも十分か。押し付けがましいかもしれないけど
「もっと頼っていいからね」
 変わらなきゃいけない。
 後ろのほうから「お熱いねえ」なんて野次が飛ばされた。永沢が「早く〜」って言うから保健室までまたゆっくりと歩き始めた。永沢は怪我人なんだった。オレは自分のことしか考えてないな……。保健室の前まで来て扉を開けようとしたら、素直に開いてくれなかった。
「ありゃ、建て付けまた悪くなってんね〜」
 ガラス戸はやめてほしい。


 はぁ……妙に疲れた。
「はい。これで大丈夫よ」
 永沢の手首に包帯がぐるぐる巻かれている。擦り剥いた範囲が広くて、バンドエイドじゃカバーしきれないという理由で包帯になった。女の子なのに可哀相だ。そういえば何であそこでうつ伏せになっていたんだろう。踏み外したんだと思うけど、それにしちゃ怪我した範囲が広すぎる。でも力や咄嗟の判断が少しでも遅れてしまうとああなっちゃうのかな。……何でも自分基準で考えちゃ駄目、だよな。
「タイミング悪かったわね。最近調子良いと思ってたらこれだよ。校長に直談判しに行こうかしら」
 ぜひ直談判してくれ! あんな頑張ったのに徒労に終わってしまった。
 中にいたバスケ部の後輩とタッグを組んで外側と内側から攻めたのに開いてくれなかった。こっちは力いっぱいやったんだぞ。どっと疲れが来たのは永沢が逆方向から開けたらすんなり開いてしまったからだ。
「手首擦り剥くなんて悲惨だったわね〜。どこでこんな怪我したの?」
「階段で踏み外して自己防衛本能が働くとこうなるんです」
 自然と笑いが込み上げる。やっぱそうだったのか。それにしても表現が普通の人と違う。……だからこそ好きになれたのか。
「あらっ! そこで爽やかに笑ってる君。ちゃんと彼女を守りなさいよ。傷物にしたらただじゃおかない」
 笑いが引いていく。あの、もう傷物にしちゃってるんですが。それはともかく男として女性を守るのは必然だ。このことだってオレが永沢と一緒に歩いていれば起きなかった事故だ。一緒に歩いてやれば……っ。後悔するのはなしって決めたじゃないか。
「心配しないでください」
「お、今どきの子にしては度胸あんね〜。『受けて立つ!』ってか。永沢さん、いい彼氏を持ったね」
 いい彼氏――。
 オレにはそんな資格なんてない。大口は叩くけど、実行できていることなんて一つもない。相手のことを考えているだけ。その場を取り繕おうとしてるだけ。そうならないために日野さんのことを割り切った。……割り切ったと言えば体は良いけど、実際は状況を悪化させてしまっただけ。全然いい彼氏なんかじゃない。
「なんだい。こんないい男を放っといたらいつか逃げられちまうよ」
 いい男、か。
 自分で言うのもなんだけどオレは格好いいほうだと思う。性格は女々しいやつだけど……。ただそのせいで女子に付きまとわれたり、美化されていたりってことがしょっちゅうある。それは永沢だって例外ではなくて、時間をあまり気にしないって話をした時に驚いていたのが印象的だった。
「さ、授業に出ていらっしゃいな」
「ありがとうございました」
 え。結論出たの? アイコンタクトか何かで、永沢は女性にしか分からない信号を先生に送ったワケなのか。きょとんとしていると保健室をもう出ようとしている永沢の急かす声が聞こえて
「そういうのが可愛いんだからっ、もう」
 怒られた気がした。……オレってカワイイのか?

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