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5.変化【その2】

 翌日。お昼の時間になった。隣には亮がいる。
「ここにすっか」
 分からない。なんでこうなったんだか。和樹くんと行こうとしたら、今日は違う人と食べる約束があるって断られて何故か亮と一緒にお昼を食べることになった。今は和樹くんと話したい。仲直りする絶好のタイミングなのに。
「久々に室内っていうのもいいなあ」
 ここは校舎とは別にある建物内で、いわゆる食堂というところだ。この学校は学食もあるけど値段が高いためにお坊ちゃま階級の人たちしか使わないため、ガラガラなことがよくある。今日もその例のごとく良家の方々しかいない。小市民は私と亮くらいだ。お弁当持込も黙認されているがさすがに何も買わないのは気まずいのかそういう人はあまりいない。お金持ちだし。なんだか肩身が狭いと思ったけど『みんなで渡れば怖くない、赤信号』の精神で私たちはそんなことも気にせず奥の窓辺に並んで座った。私は思い切り嫌そうに亮のことを一瞥する。
「……言っちゃ悪いけど、何で亮が来るの?」
 お弁当に手をつける間もなく不満をぶちまけた。食い下がらなかった私も悪いとは思うよ。思うけどそれ以上に亮が悪い。
「由香一人にさせると寂しいんじゃないかな、と思ってのことだ」
 腕組みして「ふふん」と言って得意気にされても困る。
「友達くらいいるんですけど」
 亮と食べるくらいなら友達のほうがマシだ。不機嫌な口調で言っても亮の表情は何一つ変わらない。
「まあまあ。ここで引き返しても遅いから食べようや」
「分かったよ」
 粘ってもわがままを言う子どもみたいだから引き下がる。和樹くんの前だと引き下がれないのは和樹くんが甘いからなのかな。何でも言うこと聞いてくれそうだから……。
「いただきます」
「……ところで、和樹とはどうなんだ?」
 ぶっ。唐突過ぎる。余りの出来事に吹いてしまったじゃないか。まだ口に何も入ってなかったからよかったものの入ってたらどうするつもりだったんだ!
「まずまず」
「って何だよ」
 来ると思ってました! 亮のほうに体を向きなおす。
「そういうのって言葉では表しにくいじゃん」
「まあそうなんだが。由香の……昨日の雰囲気見てたけどさ、元気なかったぞ」
「ずっと見てたの?」
 私が気になっていたことを差し置いて淡々と続けた。瞳は真剣な色味を帯びている。
「その原因って和樹なんじゃないかな」
 ――え。
 そうかもしれないけど……認めたくない。昨日のうちにだいぶ仲直りは出来たはずだけど、和樹くんのことが頭に浮かぶと涙が出てきそうになる。仲直りできたって言うのは表面上であって優しくされるとつらく、苦しくなるのは変わってない。
「ほら。あいつのこと考えると元気なくなる。和樹に何かされたんだろ?」
「そんなことない!」
 腹の中から絞り出すように声を出すと亮はぎょっとした顔をしている。和樹くんが悪いんじゃなくて私が悪いんだ。……悪い子なんだ。また卑屈精神が沸々としてきた。でもこれは一人で解決できる問題じゃない。
「和樹くんには……自分を主張して……自分の気持ちをぶつけてほしい」
 言っているうちに涙が込み上げてきて、今まで我慢していたのも一緒に堰を切って止まらなくなる。力が入らなくなって思わず亮の膝に倒れこんでしまった。当然のことだけど和樹くんとは違う匂いがする。恋愛するっていうことがこんなにつらいものだなんて思ってもなかった。相手のことを『想う』ってこんなにもつらいものだったんだ。こんなにも苦悩することだったんだ。
「ゆ、由香?」
 さすがの亮も私が泣き出したのには驚きを隠せないみたいで、オロオロしている。でも次第に冷静さを取り戻して私を慰めようと頭を優しく撫でてくれた。和樹くんの前では泣けないのに亮の前で泣ける私って一体……。私はゆっくりと体を起こし、手の甲で涙を拭うと亮を見やる。制服は黒いズボンで目立たないけど一箇所に丸い染みが出来ていた。私がさっきまで泣いていたから……。二つの意味を込めて
「ごめんね」
 謝った。
「こんな話しちゃって」
「俺はいいんだ……けど和樹。女を泣かせるヤツには一発ビシッと言っとかないとな」
 冗談交じりに聞こえたけど、目がマジだった。ここで私が止めても結果は変わらないと思うので黙っておく。
「だからもう泣くのはやめろ。な? な?」
 えっ。頬を触るとまだ涙がぼろぼろと零れているのが分かった。……なんだか今日は亮がすごく頼もしい存在に思えた。

*******

 気まずい空気になることもなく無事にお昼も食べ終わり亮と別れた後、まだ時間があったので食堂裏にあるグラウンドを何気なく眺めてみる。風で砂埃が舞い上がった。梅雨の時期にもかかわらず、グラウンドの砂はサラサラして乾いている。連日の日照りですごく熱くなっていそうだ。最近は雨が降っていない。この調子じゃ旱魃しちゃって、ただでさえ食料自給率が低い日本が更に低くなっちゃうんじゃないかと余計な心配をしていると、遠くに人影が3つほど見える。この時間に誰が? と思って目を眇めるが、背の高い人が二人で低い人が一人ということしか分からない。気になったのでグラウンドに降り立ち駆け出した。
 だんだんと姿形がはっきり見えるようになってきて……。あ。
 和樹くんと川澄先生。それに……マイマイが真剣な顔で話し合っている。自然と足が止まり踵を返す。
「あれ」
「庄子、どうした」
「人影が見えたような……」
 和樹くんに気づかれた。やばい、隠れなきゃ。と無意識のうちに判断する。といってもこんな見晴らしのいいところだ。運動部の部室以外は影がない砂地だからどこに行ってもばれるだろう。観念して足を前に踏み出す。
「永沢? 永沢じゃん」
 確認するように私の名前を二回呼ぶ。マイマイは渋い表情に変わる。
「どうしたの?」
 いつにも増して抑揚がついていた。
「グラウンドを見たら誰かいたから気になって来ちゃった」
 ここで「てへっ」とか言ってやりたいと思ったが寸前のところで堪えた。マイマイだけならまだしも川澄先生もいる。そんなことでバカップル扱いされたらいやだ。手を繋ぐのが精一杯なバカップルなんてどこにいる。
「ああそう」
 何故かつっけんどんな口調だ。いつもならここで笑ってくれるのに今日は無表情だ。ちょっと寂しい気持ちになる。
「和樹、離れなさいって!」
 間に割って入ってきたのはマイマイだった。物凄い形相だ。そっけないのはマイマイがいるから? 勘違いさせたくないから? 考えても私には分からないことか。私たちの様子を黙って見ていた川澄先生が「ほほぅ」と意味深な声を上げ何か納得したみたいだ。
「ゆかりん。庄子のことが気になって来ちゃったんだ?」
 う。その呼び方は二人っきりのときだけにしといてよ。マイマイが一歩後ずさりして絶句してるじゃないか。和樹くんもその呼び方には慣れてないみたいで目を見開いてきょとんとしたが、それは一瞬で収まって呆れている。気になって来られるものなら最初っから来てるよ。まぁ亮とお昼食べたのは気持ちぶちまけていい方向に転がったけど。
「そうじゃないです」
「そうか……」
 きっぱりと言い切ると川澄先生は軽くため息をつく。残念がらないでよ。すると今度は嬉しそうに顔を綻ばせている。しょげた後に嬉しそうにするとか意味が分からない。意気投合している私にも奇行にしか見えない。
「人手は多いほうがいい。ということでゆかりんも手伝ってもらえる?」
「へ? 何をですか」
「永沢は先に戻ってていいよ。すぐ終わるし」
「優男が出たな」
 優しくされると言葉に詰まってしまう。和樹くんと少しでも一緒に居られるなら何でも手伝ってあげる心意気でいる。
「なにやるかはわからないけど、手伝うって」
「いいよ。オレたちで片付けるから」
 チクリ。やっぱり優しくされると心が痛む。そんな他意はないんだろうけど、私の力は要らないって突き放された気分に陥る。
「そうよそうよ。あんたは先に戻ってなさい」
 蚊帳の外状態だったマイマイが入ってきた。あっかんべーをしている。私を追いやって和樹くんと一緒に過ごしたいのは分かるけど、二人っきりじゃないんだよ。川澄先生という強大な敵がいたらイチャイチャなんてしてられないはずだ。
「……うん、分かった」
 言いきられてしまい、食い下がる気持ちも出ないのでここは退く。どうしてだかマイマイと張り合う気も起きないし。
 ――あ。その前に。川澄先生に近づいて耳打ちする。
「今日、時間空いてますか?」
 何をしようとしているのかも気になったし、これから私たちはどう恋愛をしていけばいいか指南してもらうためだ。川澄先生は険しく眉根を寄せる。ダメ、かな?
「今日はちょっとなぁ。……あ。明日の放課後なら大丈夫だから自転車置き場を訪ねてきて」
 私は親指を立ててオッケーという意味のグーサインを出した。何かと指を使うことが多い人なので私も真似ている。川澄先生もグーサインを出したのを確認して私は一人寂しくとぼとぼと校舎へと足を進めた。後ろから「先生と由香はどんな関係なんですか」と頭を裂くような甲高い声の問い詰め口調が聞こえる。ふふふ。マイマイが川澄先生に詰め寄っていて、川澄先生は戸惑っていて、和樹くんはその様子に苦笑していて。容易に想像できた。
 それより、三人で何をやるんだろう? 気になるなぁ。あの三人の関係といえば生徒会だ。でも生徒会で何かやるんならもっと大勢でやるはず。数の暴力で片付けると思う。結局何も分からないまま教室に戻った。和樹くんは午後の授業が始まる前にちゃんと教室にいた。マイマイは1年生だから分からないけど、たぶん戻ってるんだろうな。本当なんなんだろ。すごい気になるぞ。体は明日まで待てるけど逸る気持ちは制御しにくかった。

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