4.すれ違う気持ち【その2】
祐くんかぁ。やっぱりお兄ちゃんと似てるのかな? かっこいいのかな? 考えるとわくわくしてくる。ふと前方を歩いている和樹くんが足を止めた。
「ここだよ」
え。
意外と私の家に近くてびっくりした。徒歩で5分くらいの場所だ。でも『庄子』なんてありきたりな苗字だから気にすることもせず前を通っていた。
「ほぇ〜。ここが」
二階建てで、壁は黄色がかっているが、レモンとかそれぐらいきつい色合いじゃなくて白を基調に黄色をちょっと足した程度。汚れや傷も肉眼では確認できない。新築の家、なのかな。
「新築みたいに綺麗だね。もしかして本当に新築とか?」
言ってから気づいた。和樹くんは父親の転勤でこっちに来たんだっけ。そしたらここに腰を落ち着ける可能性は低い。
「まさか。もともとはお祖父ちゃんが住んでいて譲り受けたんだよ」
「譲り受けたって?」
「お祖父ちゃんはオレたちが前住んでた家に行って、オレたちがこっちに来たってわけ」
住処交換というわけか。新しくどこかと契約するよりは楽なんだろうけど、手続きとか頭が混乱しちゃいそうだ。
「それで、綺麗なのは父さんが塗装しからだよ」
「すごいね、和樹くんのお父さ」
「別に父さんがやったってわけじゃないからね」
先読み防御された。私の考えは筒抜けなのか。
「父さんはホテルの営業課長やってる」
「ホテルの営業課長って役職、全然分からない」
「あはは。無理ないよ。オレだって初めて聞いたとき分からなかったからね。まぁ営業のために動いたりフロント仕切ってるって感じだよ」
そういう仕事もあるのかと感心していると、和樹くんは独り言のように「一人でオレたち養って大変だよなぁ」とボソッと呟いた。
「世の中色々な仕事があるんだね」
「そうだね。……さ、中に入ろう?」
今の話に若干の違和感を抱きつつも、促されるままに家へと足を踏み入れた。
目の前に階段がある。マンション住まいだと階段なんて上り下りくらいにしか使わないから家の中にあると新鮮だ。玄関は部屋や洗面所の窓から光が差し込んでいて、目が眩むんじゃないかと思うくらい明るい。夕日ってこんなにも明るいものなんだ。これだけ明るいと埃が宙を漂っていたり、小さなゴミでも見えそうだがそんな感じは一切ない。和樹くんのお母さんはキレイ好きな人なのかな。足元を見ると靴が綺麗に並べられている。こういうところは時間と違って几帳面だ。
ガチャ。扉が閉まる音だ。後から入ってきた和樹くんも家に入ったと思ったら
「祐〜いる〜?」
扉が閉まった途端、そそくさと靴を脱ぎ慌しく部屋を回っている。リビング、和室。トイレ、……風呂。
――トイレと風呂はないって! いたらそれはそれで私が困るって!
「おっかしいなぁ。この時間ならリビングでくつろいでるはずなんだけど。鍵は開いてたからいるはず。あ、永沢。適当なところでゆっくりしてて。今日は祐しかいないから安心して。オレは二階で祐探してくるね」
一気に喋り終えた。よく噛まないで言えたなぁ。
「うん」
私の声を確認して、ばたばたと二階へと駆け上がっていった。二段飛ばしだった。服が入っている袋を持っているっていうのに軽快だった。足長いな、私だったら二段飛ばしなんて股が裂けそうになるのにそれを軽々と。
適当なところ。音を立てないよう慎重に首を左右に振ってキョロキョロする。やはりここはリビングに行くべきだろうか……。まずは靴を脱ごう。
「おじゃましまーす」
小さな声で一応言ってみた。人の家に来て一人になるとどうしても音を立ててはいけないような気がして、細心の注意を払って行動するようにしている。
リビングに入ってみると、私の腰と同じくらいの高さの本棚にびっしりと本が詰まっている光景。卒倒しそうだ。どれも分厚い本ばかりで背表紙には難しい漢字が使われている。読み応えがありそうだけど私はとても読む気にはなれない。一体誰が読むんだろうか。
それはいいとして……なんだこれは。左側にはテーブルと椅子があり洋風、一方の右側にはコタツと座椅子がある。ごっちゃですやん。とりあえず座っておこうと思い、家でも学校でも慣れている椅子のほうに腰を下ろした。ふかふかしていて気持ちいい。おまけに肘掛着き。椅子もくるくると周り、まるで校長の気分だ。革張りじゃないのが普通っぽさを醸し出している。
そうだ。一度やってみたかったんだっ。肘掛に肘をつけて頬に手を当てる。ひゃ〜! 偉い人にでもなった気分。……って。
「なが、さ、わ?」
和樹くんがぎょっとした顔で私のことを見ている。私から目を離さないんじゃなくて、目を離せないみたいだ。ある意味釘付けだ。隣には……背は低いものの体はがっちりしていて、けれど優しそうな顔つきの少年がこちらを見ている。
「……祐、本当はこういう人じゃないんだ。わかってやって」
「あ、ああ」
キミが祐くんか。ドン引きされた。そりゃそうだよね。見ず知らずの人が自分の家に入って椅子ではしゃいでるなんて、第一印象最悪だよね。って冷静に分析している場合じゃなーい! 誤解を解かなきゃ。
「ちっ、違うの! これには深いわけがあって」
「分かって、る」
そう言いながらも引いてるのですが……。
「永沢、まずはその体勢崩すのがいいと思う。偉そうに見える」
「えっ」
自分の体を見るとまだそのままの状態だった。慌てて手を膝に置いて俯いた。
「ねーちゃんかわいいな」
かっ、かわいい! 思わず顔が綻んでしまう。和樹くんに「かわいい」って言われたことなんて告白した日の1回だけだ……。それを祐くんは初対面でいきなり。度胸ある。
「どうぞ」
顔を上げるとお茶を差し出される。前には男の子二人。右は和樹くんで、左は祐くんだ。さっき二人で立っているときには背格好が違っていてあまり体感できなかったけど、こうして並んでみると目鼻立ちが似ていて、兄弟だということが明確だ。絵里と私はパーツが違いすぎて、姉妹だと判別できた人は十六年間生きてきて二桁にもならないと思う。
一息ついて湯呑みに口をつけてお茶をすする。作法とか知らないから無礼だったら申し訳ない。
「祐、紹介するよ。この人が永沢、由香だよ」
なんで「由香」で一瞬止まるんだろう。呼び方なんて気にしたことなかったけど初めて和樹くんの口から「由香」って言葉を聞いた。
「由香、か。よろしく。俺は庄司祐。……苗字は言わなくてもわかるか」
いきなり呼び捨てか。祐くんが一番年下のはずなのに肝が据わってる。度胸に歳は関係ないか。むしろ子どものほうが度胸あるよね。
「初めまして。よろしくね」
第一印象が最悪なのはもう拭えない過去だけど、イメージを良くしようと朗らかに喋って微笑む。祐くんも微笑む。その様子を見ていた和樹くんも微笑む。……みんな微笑んでいて少し気持ち悪い。
「じゃー俺はこれで。またなーねーちゃん」
「またね」
条件反射的に手を振る。どっか行くのだろうか? こんな時間から。もう日が傾ぎ始めていて夕日が近い。
「気をつけろよ」
ああ、なんて優しいお兄ちゃんなんだ。普通のことなんだろうとは思うけど、私は絵里にそんなことすら言ってない。今度からは言ってあげよう。「キモい」とか言われても。
準備は整っていたのかリビングを出て、即行家を出て行った。
扉が閉まる音を確認して、お兄ちゃんに聞いてみる。
「どこ行ったの?」
「プールだよ。祐は子どものころから水泳だけは好きみたいで、スイミングスクールの日じゃなくても行ってたくらいだよ。今はスクールやめて日曜にしか行ってないけどね」
「なにかに打ち込めるっていいことだよね」
「そうだね」
嬉しそうに笑う。私に見せる笑顔じゃなく……本当に嬉しそうだ。和樹くんだってバスケに打ち込んでるじゃんか。身長の問題があってさすがにレギュラーにはなれてないみたいだけど、練習を人一倍がんばっていると聞いた。そうやって何もかも忘れて打ち込む姿って好きだな。
祐くんのこと、和樹お兄ちゃんのことが少し分かって満足だ。でも少し物足りない。それは
「部屋見たいなぁ」
「えっ。オレの部屋?」
「決まってるじゃん」
和樹くんは「うーん」と唸って頭を抱えた。強引……だったかな。有無を言わさぬ強い口調で言いきってしまった。いやなら「いや」だと言ってほしいけど、見たいのが本心で。
「いいよ」
嫌そうな顔をしているが、いいと言ってるんだから行っちゃおう。
ふかふかの椅子君、さらばだ。椅子に別れを告げてリビングを出た。
「ここだよ」
え。
意外と私の家に近くてびっくりした。徒歩で5分くらいの場所だ。でも『庄子』なんてありきたりな苗字だから気にすることもせず前を通っていた。
「ほぇ〜。ここが」
二階建てで、壁は黄色がかっているが、レモンとかそれぐらいきつい色合いじゃなくて白を基調に黄色をちょっと足した程度。汚れや傷も肉眼では確認できない。新築の家、なのかな。
「新築みたいに綺麗だね。もしかして本当に新築とか?」
言ってから気づいた。和樹くんは父親の転勤でこっちに来たんだっけ。そしたらここに腰を落ち着ける可能性は低い。
「まさか。もともとはお祖父ちゃんが住んでいて譲り受けたんだよ」
「譲り受けたって?」
「お祖父ちゃんはオレたちが前住んでた家に行って、オレたちがこっちに来たってわけ」
住処交換というわけか。新しくどこかと契約するよりは楽なんだろうけど、手続きとか頭が混乱しちゃいそうだ。
「それで、綺麗なのは父さんが塗装しからだよ」
「すごいね、和樹くんのお父さ」
「別に父さんがやったってわけじゃないからね」
先読み防御された。私の考えは筒抜けなのか。
「父さんはホテルの営業課長やってる」
「ホテルの営業課長って役職、全然分からない」
「あはは。無理ないよ。オレだって初めて聞いたとき分からなかったからね。まぁ営業のために動いたりフロント仕切ってるって感じだよ」
そういう仕事もあるのかと感心していると、和樹くんは独り言のように「一人でオレたち養って大変だよなぁ」とボソッと呟いた。
「世の中色々な仕事があるんだね」
「そうだね。……さ、中に入ろう?」
今の話に若干の違和感を抱きつつも、促されるままに家へと足を踏み入れた。
目の前に階段がある。マンション住まいだと階段なんて上り下りくらいにしか使わないから家の中にあると新鮮だ。玄関は部屋や洗面所の窓から光が差し込んでいて、目が眩むんじゃないかと思うくらい明るい。夕日ってこんなにも明るいものなんだ。これだけ明るいと埃が宙を漂っていたり、小さなゴミでも見えそうだがそんな感じは一切ない。和樹くんのお母さんはキレイ好きな人なのかな。足元を見ると靴が綺麗に並べられている。こういうところは時間と違って几帳面だ。
ガチャ。扉が閉まる音だ。後から入ってきた和樹くんも家に入ったと思ったら
「祐〜いる〜?」
扉が閉まった途端、そそくさと靴を脱ぎ慌しく部屋を回っている。リビング、和室。トイレ、……風呂。
――トイレと風呂はないって! いたらそれはそれで私が困るって!
「おっかしいなぁ。この時間ならリビングでくつろいでるはずなんだけど。鍵は開いてたからいるはず。あ、永沢。適当なところでゆっくりしてて。今日は祐しかいないから安心して。オレは二階で祐探してくるね」
一気に喋り終えた。よく噛まないで言えたなぁ。
「うん」
私の声を確認して、ばたばたと二階へと駆け上がっていった。二段飛ばしだった。服が入っている袋を持っているっていうのに軽快だった。足長いな、私だったら二段飛ばしなんて股が裂けそうになるのにそれを軽々と。
適当なところ。音を立てないよう慎重に首を左右に振ってキョロキョロする。やはりここはリビングに行くべきだろうか……。まずは靴を脱ごう。
「おじゃましまーす」
小さな声で一応言ってみた。人の家に来て一人になるとどうしても音を立ててはいけないような気がして、細心の注意を払って行動するようにしている。
リビングに入ってみると、私の腰と同じくらいの高さの本棚にびっしりと本が詰まっている光景。卒倒しそうだ。どれも分厚い本ばかりで背表紙には難しい漢字が使われている。読み応えがありそうだけど私はとても読む気にはなれない。一体誰が読むんだろうか。
それはいいとして……なんだこれは。左側にはテーブルと椅子があり洋風、一方の右側にはコタツと座椅子がある。ごっちゃですやん。とりあえず座っておこうと思い、家でも学校でも慣れている椅子のほうに腰を下ろした。ふかふかしていて気持ちいい。おまけに肘掛着き。椅子もくるくると周り、まるで校長の気分だ。革張りじゃないのが普通っぽさを醸し出している。
そうだ。一度やってみたかったんだっ。肘掛に肘をつけて頬に手を当てる。ひゃ〜! 偉い人にでもなった気分。……って。
「なが、さ、わ?」
和樹くんがぎょっとした顔で私のことを見ている。私から目を離さないんじゃなくて、目を離せないみたいだ。ある意味釘付けだ。隣には……背は低いものの体はがっちりしていて、けれど優しそうな顔つきの少年がこちらを見ている。
「……祐、本当はこういう人じゃないんだ。わかってやって」
「あ、ああ」
キミが祐くんか。ドン引きされた。そりゃそうだよね。見ず知らずの人が自分の家に入って椅子ではしゃいでるなんて、第一印象最悪だよね。って冷静に分析している場合じゃなーい! 誤解を解かなきゃ。
「ちっ、違うの! これには深いわけがあって」
「分かって、る」
そう言いながらも引いてるのですが……。
「永沢、まずはその体勢崩すのがいいと思う。偉そうに見える」
「えっ」
自分の体を見るとまだそのままの状態だった。慌てて手を膝に置いて俯いた。
「ねーちゃんかわいいな」
かっ、かわいい! 思わず顔が綻んでしまう。和樹くんに「かわいい」って言われたことなんて告白した日の1回だけだ……。それを祐くんは初対面でいきなり。度胸ある。
「どうぞ」
顔を上げるとお茶を差し出される。前には男の子二人。右は和樹くんで、左は祐くんだ。さっき二人で立っているときには背格好が違っていてあまり体感できなかったけど、こうして並んでみると目鼻立ちが似ていて、兄弟だということが明確だ。絵里と私はパーツが違いすぎて、姉妹だと判別できた人は十六年間生きてきて二桁にもならないと思う。
一息ついて湯呑みに口をつけてお茶をすする。作法とか知らないから無礼だったら申し訳ない。
「祐、紹介するよ。この人が永沢、由香だよ」
なんで「由香」で一瞬止まるんだろう。呼び方なんて気にしたことなかったけど初めて和樹くんの口から「由香」って言葉を聞いた。
「由香、か。よろしく。俺は庄司祐。……苗字は言わなくてもわかるか」
いきなり呼び捨てか。祐くんが一番年下のはずなのに肝が据わってる。度胸に歳は関係ないか。むしろ子どものほうが度胸あるよね。
「初めまして。よろしくね」
第一印象が最悪なのはもう拭えない過去だけど、イメージを良くしようと朗らかに喋って微笑む。祐くんも微笑む。その様子を見ていた和樹くんも微笑む。……みんな微笑んでいて少し気持ち悪い。
「じゃー俺はこれで。またなーねーちゃん」
「またね」
条件反射的に手を振る。どっか行くのだろうか? こんな時間から。もう日が傾ぎ始めていて夕日が近い。
「気をつけろよ」
ああ、なんて優しいお兄ちゃんなんだ。普通のことなんだろうとは思うけど、私は絵里にそんなことすら言ってない。今度からは言ってあげよう。「キモい」とか言われても。
準備は整っていたのかリビングを出て、即行家を出て行った。
扉が閉まる音を確認して、お兄ちゃんに聞いてみる。
「どこ行ったの?」
「プールだよ。祐は子どものころから水泳だけは好きみたいで、スイミングスクールの日じゃなくても行ってたくらいだよ。今はスクールやめて日曜にしか行ってないけどね」
「なにかに打ち込めるっていいことだよね」
「そうだね」
嬉しそうに笑う。私に見せる笑顔じゃなく……本当に嬉しそうだ。和樹くんだってバスケに打ち込んでるじゃんか。身長の問題があってさすがにレギュラーにはなれてないみたいだけど、練習を人一倍がんばっていると聞いた。そうやって何もかも忘れて打ち込む姿って好きだな。
祐くんのこと、和樹お兄ちゃんのことが少し分かって満足だ。でも少し物足りない。それは
「部屋見たいなぁ」
「えっ。オレの部屋?」
「決まってるじゃん」
和樹くんは「うーん」と唸って頭を抱えた。強引……だったかな。有無を言わさぬ強い口調で言いきってしまった。いやなら「いや」だと言ってほしいけど、見たいのが本心で。
「いいよ」
嫌そうな顔をしているが、いいと言ってるんだから行っちゃおう。
ふかふかの椅子君、さらばだ。椅子に別れを告げてリビングを出た。
Home‖Novel
Copyright(C) 2008 らっく All Rights Reserved.