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4.すれ違う気持ち【その1】

 この五日間はとても長く感じられた。
 学校みたいにいつもどおり接していいのかとか、何の服を着ていこうかとか、……手を繋ぐタイミングとか。その日に考えればいいことも考えてしまった。でも不安より期待のほうが遥かに大きい。携帯は結局使わなかった。学校で会っているからそのときに細かいことは決めていた。午後1時にこないだの公園で会う予定だ。
 そして今。その公園の前で足が踏み出せないでいる。フェンス越しに公園を見ると子どもたちが砂場で遊んでいる。スコップを持ってはいるが手で砂を触っている。砂っていい感触だもんな。子どもが無邪気に遊んでる姿って心が和む。草の青臭さも相まって安らぐ。……おっと、今はそんな場合じゃなかった。バッグから携帯を引っ張り出し時間を確認する。
 約束した時間の2分前。そろそろ行かないとまた遅刻って言われそうだ。見たところ和樹くんはいなさそ
「ふぅ、間に合ってよかった……永沢」
 えっ?
 隣を見ると――和樹くんがいた。
「どうしたのっ!?」
「どうしたもこうしたも今日がデートの日だからだよ」
 威圧する他意なんてなかったのに、和樹くんは圧倒されてしまって身をすくめている。和樹くんが遅刻するなんてことは考えられなくて、集合5分前には来る人だと思っていたから驚きを隠せない。
「そんなに驚かれると思ってなかったよ。てかさ、なんで驚いてんの?」
 ズボンに手を突っ込んで、いじけてる子どもみたいに石ころ蹴って足をばたつかせている。もう、高校生の癖に可愛いんだから。
「和樹くんが後から来ると思ってなかったからつい驚いちゃった……」
「時間守るように見えるんだ?」
「そうじゃないの?」
 どこからどう見ても誠実で、時間厳守しているものだと決め付けていた。……あれ、そういえばこんな話をどこかで聞いたような。
「オレ、時間に束縛されるの嫌い。時間を気にしないで自由に生きていきたい。実際は時間厳守しないといけないけど」
 ええええ。そんなこと初めて聞くよ!
 社会人になったら出勤時間の10分前にはもう出社していて、爽やかに挨拶を交わして、仕事は期限内に完璧にこなして、退勤時間ピッタリに退社するような人だと思ってたのに。イメージが崩れ去るってこういうことなんだ。
「だから休みの日は好き」
「そう、なんだ……」
 意外な一面を知り驚愕するのを隠そうとがんばって平静を装ってみたが、私には無理だった。あやつの顔が思い浮かんだからだ。あやつの言葉を思い出したからだ。
 ――あいつは学校でしか時間厳守しねえけど。
 そういうことだったんだ。亮は私が知らない和樹くんを知ってそうだ。同性だから私に話しにくいことも亮になら話してそうだ。また今度話してみようかな、三人以上で。
「じゃあ、行こ?」
 私と同じ目線にあわせるために首を傾げて微笑んでいる。それがどうもおかしく見えて笑いを堪えるのに必死だった。
「ふっ……うん」
「ふっ?」
 疑問を示してきたがここはスルーしよう。
 不意につーんと草のにおいが鼻をつく。そうか。昨日は雨が降ったんだ。六月ももう半ばで、梅雨の時期に入っている。昨夜から今朝にかけて降った雨のせいか、空気が蒸していて体がジトジトする。だけどそれを感じさせないくらい今日は朝からカラっと晴れている。湿気が多いことに変わりはないけど、晴れていると幾分か気分が紛れる。
 私たちは同じ方を向いて歩き始めた。


 ようやく落ち着いてくる。いきなり出てくるものだからさっきまで胸の高鳴りが止まらなかった。隣を歩いている和樹くんをまじまじと見る。服はインナーに白いシャツで、その上から青と白のチェック柄の半袖シャツを羽織っている。第三ボタンまではきちんと閉まっている。Yシャツみたいに上までぴちっと閉めると息苦しくなっちゃうよね。ズボンは黒いジーパンだ。……服ないって言ってた割りにはセンスあるじゃん。ふと和樹くんが空を見上げた。
「雨、降らなくて良かったね」
 そして私のほうを見る。本当だ。梅雨にもかかわらず、雨が降ったときの予定なんて何も考えていなかった。でも行くところは屋内だからあまり関係ないか。
「そうだね。一時はどうなることかと思ったよ」
「オレも思った。初めてのデートが雨かと思うと落ち込む」
「初デート?」
「そうだよ。なんかおかしい?」
 和樹くんなら彼女は誰かいたと思ってた。
「おっ、おかしくはないけど付き合ってた人いるんじゃないかなぁって」
 性格も顔もいい和樹くんなら、そんなことがあっても不思議じゃない。こういう風に付き合う前は女子どもにチヤホヤされているのを何度か見たことがある。しかもたった三週間ちょっとで。マイマイは生徒会繋がりで本当に、親しげに話しているのを見たことがある。マイマイだけの特権。
「……あぁ、いたよ」
 早口だ。嫌なこと思い出させちゃったかな? でも、ここまで来た以上は。
「何人くらい?」
「何人ってレベルじゃ……うーん、中学は2人だったような」
「だったような?」
「オレにはそんな気ないのに、一方的に付き合おうって言われて。別れも相手のほうから」
「へぇ」
 私と同じだ。一方的に言ってしまって。けど違うのはこうして一緒にいること。
「オレの話はいいよ。大して面白くないし。永沢は面白そうな話持ってそう」
 和樹くんはそう言って苦笑した。
「あ、うん」

*******

 予定していたとおり服を買ってご満悦の和樹くん。ギリギリまで悩んで白いTシャツと黒のジーパンを買っていた。完全に今日と同じものだ。服がないっていうか、同じようなのを選びすぎなんだろう。タンスの中は白と黒でシマウマ調なんじゃないのか。
「永沢は買わなくてよかったの? 気に入ったのあったみたいだったけど」
「値札を見て驚愕だよ。5800円だった。学生にこの出費は痛すぎるって」
「そう。言ってくれれば出してあげたのに」
「それはダメだよっ! お金の貸し借りなんて」
「どうして?」
 天然なのか? 真顔で聞いてくる。お金の貸し借りはどんなに仲良くたってダメだって子どものころからしつこいくらい言い聞かされてた。……私と同じ学生なのにそれだけ出せるくらいなんだから和樹くんはどっかのボンボンなのかも? その可能性はないと言いきれない。でも食堂で見かけたことはないし、いつもお弁当持参だ。果たして真実はどちらなのだろう。
「和樹くんって普通の家柄だよね?」
「は?」
 きょとんとした顔で私の顔を見つめてくる。その顔は反則だ! 目がクリクリしていて可愛いじゃないか。……私より。
「だから、お坊ちゃま系列じゃないの?」
「違うよ〜」
 あっさり否定された。
「オレの家は別段裕福でもなく貧乏でもなく、普通」
「そうなんだ」
 『普通』なんていっぱいいるだろうけど、同じような境遇でちょっと親近感が沸く。最初に会ったときは共通点なんて一つもないんじゃないかと思っていた。
「弟がいてさ。祐っていうんだけど、昨日少しお金借りたから。いつもはそんな持ってないよ」
 和樹くんがお兄さんかぁ。さぞかしいいお兄さんなんだろうなぁ。私もお兄ちゃん欲しかった。
「仲良いんだね」
 お金を貸し借りするのはいただけないけど。
「そうでもないよ。ケンカばっかり」
「二人とも引き下がらないで自分の主張をする。仲がいい証拠だよ」
「そうかなぁ」
 和樹くんにはもっと自分のことや、考えていることを主張してほしい。
 思えば私は絵里とケンカしたことがない。あの子は私がケンカ腰になるといつも引いて、拍子抜けしてしまう。
「……普段は物静かなのにオレと話すと途端に元気になってさ。元気すぎてケンカしちゃう」
 だろうなぁ。私がもしも妹だったならそうなっていたかもしれない。祐くんか。私もそんな風に何でも言い合える存在になりたいのに、なれない。
「永沢は兄弟っているの?」
「私は妹がいるよ。生意気でかわいくないけど」
「そんなことないって。永沢の妹なら絶対かわいい!」
 珍しく語尾を強調している。優しいね。和樹くんは少しの間逡巡して一言呟いた。
「……オレ、会ってみたくなってきた」
「ええ!」
 予想だにしていない展開に戸惑う。えっと、絵里は今日……そうだ。
「妹は今日友達と遊んでる」
 和樹くんの優柔不断さにより、長居しすぎたせいか日は傾き始めている。が絵里はこんな早くには帰ってこない。っていうか、元気が有り余っている中高生は普通誰も帰ってこない。
「そっかぁ。残念」
 和樹くんは肩を落として長いため息をついた。本当に残念そうだ。なんでこういうときに絵里はいないんだ〜!
 あ、いいこと思いついた。
「私も祐くんに会いたくなってきた」
「ええ!」
 ついさっきのことだけどデジャヴだ。こうなることは予想できていた。どう出るかな。
「祐は……いると、思う」
「ほんとっ!?」
 期待に胸膨らませ、思わず確かめてしまう。
「本当だよ。祐は家にいること多いから、今日もそのはず」
「じゃあ目的地は和樹くんの家だ!」
「永沢が行きたいなら別にいいけど……」
 遠回しに自分の家に行かせたくないように聞こえるけど、いいということにしておこう。和樹くん家に行くのは無論初めてで、緊張してきた。
「永沢、こっち」
 渋々承諾したようで、私の少し前に立って手招きをした。

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