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3.約束【その1】

「でででで、デートぉ!?」
 私が取り乱している原因は妹の絵里だ。平然な顔して何を言う。
「そうよ、デート」
 絵里は当然ながら年下。中学生のくせに恋愛の先輩で、半年ぐらい前から付き合ってる男の子がいる。会ったことはないけど絵里が話すのを聞く限り、そっけないらしい。けどそこがいいんだって。姉妹でも好みは違うんだな。
 そして何を隠そう、絵里がこの前の告白を仕立て上げた犯人だ。「勢いで言えば彼も付いて来るって」。そんな言葉を信じたのが間違いだった。というか、普通に考えれば付いて来るのは女のほうだろう。と今さらながらに思う。でもその結果、和樹くんに近寄れたわけでもあるから感謝せねば。
「デートは彼と近づく絶好のチャンス。学校だとどうしても周りの目があるから、と思ってしまって出来ないこともデートなら出来るはず」
 姉と妹の立場が完全に逆転して、姉として顔が立たない。けど恋愛に関しては疎いので絵里に聞いてしまう私がちょっと情けない。
「出来ないことって、例えば?」
「そうねぇ。手を繋ぐとか……キス」
「手を繋ぐとか、キスぅ!?」
 私は面食らってしまった。そんなことを考えたことは一度としてない。絵里は驚いている私を気にもせず続けた。
「彼が奥手だと出来ないかもね。お姉ちゃんも告白したとはいえ、恋愛に関して言えば奥手だし」
 なんでそんなこと知ってるの! と言いたい気持ちを抑え、図星なのでここは黙っておく。
「和樹くんが奥手、かぁ」
「心当たりあるの?」
「うん、たまに男の子らしい豪快なところはあるけど、基本は奥手だと思う」
「難敵。でもそれなら、お姉ちゃんが積極的にリードすれば付いてくるよ」
「絵里は和樹くんのこと何も知らないくせに〜」
 と口では言いつつも顔が引きつってしまう。和樹くんのことは私だって……全然知らないし、分からない。もっと知りたいこととかいっぱいあるのに聞けない。
「ポイントとしては、手を繋ぐタイミングね」
「いつぐらいがいいの?」
 恋愛のことは全て絵里に聞いているような気がしてきた。情けないお姉ちゃんをもって絵里は苦労人だなぁ。
「そのくらいは考えなさいよ。そんなんじゃいつまで経っても進歩できないでしょ」
「うーん……それもそっかぁ」
 ぱんぱんと頬を叩いて気合を入れ直し、立ち上がる。
「それじゃ。ありがとね〜、絵里」
 そう言い残し、私はすたすたと絵里の部屋を出て行った。


 昨日の今日だけど、デートの約束を取り付ける日だ。何が何でも成功させないと。入念に洗顔やら歯磨きをする。
 はぁ、それにしてもデートかぁ。洗面所で歯磨きをしている最中そんなことを思う。デートに誘うってことは決まったけど、一体どこに行けばいいのかな。それと午前なのか、午後なのかも重要だよね。もしかして、朝から夕方までずっと一緒とか? その考えを振り払うようにプルプルと首を横に振る。
 ……考えられない! 授業は一緒の教室で受けるけど和樹くんと一緒に受けてるって感じはしない。体育の授業になると元から一緒じゃないし……一緒にいるってことを感じられるのはお昼と帰り道くらい。
 あとは
「由香、時間大丈夫?」
「ああ! ふあぁ〜い。今行く」
 リビングからお母さんの声が聞こえてきたので、すぐさま返事をする。ささっと歯磨きを終わらせ、念のためもう一度顔を洗った。そしてからリビングに行き、椅子の横に置いてあるカバンを取った。お母さんしかいないな。
「絵里はもう学校行ったの? お父さんも」
「とっくに行ったわよ。由香が洗面所からずっと出てこないもんだから、お母さん少し心配しちゃった」
 母親として心配して当然だと思う。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと時間かかっちゃっただけ。それじゃ行ってくるね」
「行ってらっしゃい。……全く、慌しいわねぇ」
 後ろを振り向いて時間を確認しようとしたとき、お母さんは言葉とは裏腹に嬉しそうに微笑んでいる姿が目に入った。私を大事にしてくれてるってことがよーく分かる。私を生んでくれてありがとう。なんて、いつもは思わないことを思ったのは和樹くんと出逢えたからだろう。

*******

 歯磨きに時間を掛けすぎたのか遅刻するのは分かりきっていたことなので、のんびりと歩く。どう足掻こうとも遅れるのが確実だって分かると人間、妙に冷静になるよね。「遅刻するのが分かってても出来るだけ早く来なさい」って先生に言われるけど、授業中に入ったら少しだとしても授業中断させちゃうし。……和樹くんにそういう姿、見られたくないし。
「一時間目が終わったらでいっか」
 私は知らず知らずの内にそう呟いていた。
「お、気が合うな。俺もそうしようと思ってたところだ」
 反射的にに身構える。……聞いたことのあるような声だった。声が聞こえたのは後ろからだ。私はぎこちなく後ろを振り向く。
 そこにいたのは、私に対して馴れ馴れしいあの亮だった。身近な人だと分かりほっと胸を撫で下ろす反面、二人でいるのはなんかいやだ。和樹くんを裏切ったみたいで。亮は緩慢に歩いてきて私の二、三歩前まで近づいてきた。
「珍しいじゃん、由香が遅刻するなんて」
「遅刻常習犯に言われたくないっ!」
 そう。彼は遅刻常習犯なのだ。中学のとき遅刻はなかったけど、高校に上がってからは遅刻を繰り返していて、1年のときは進級できるかどうかまでになった問題児だった。
「でも今はたまにしかしねーって」
 亮の言うとおり、2年に進級してからは遅刻の回数は減ってきて真面目な生徒になりつつある。
「遅刻はたまにするもんじゃないよ。時間を守るのは大事」
「うへぇ、和樹みたいだ。あいつは学校でしか時間厳守しねえけど」
 心底嫌そうな顔をしている。和樹くんが時間を守らない? あんな真面目な人に限ってそんなことあるはずがない。何の冗談なんだか。私たちは自然と壁にもたれ掛かった。
「どうして和樹くんみたいなのよ」
「その説教がましい口調」
「説教がましい?」
 私は亮の方を向いて、眉間にシワを寄せて考えようとすると
「まー、わかんないんならそれでもいいけどさ」
「んん……?」
「二人はお似合いだし」
 そう言うと亮は自嘲するような笑みを浮かべた。さらに意味が分からなくなってしまったぞ。和樹くんが時間厳守しないってのも分からない。謎だらけだ。むぅー。亮は覗きこんでくるように首だけ私のほうへ向けた。
「ていうかさ、和樹に何かされてない?」
 何も話さないからなのか、一方的に話題転換された。何かされた? 今までの出来事がぐるぐると頭の中を駆け巡り……つい最近のことを思い出した。
「頭、撫でられた」
「は? そんだけ?」
 もっと驚くようなことを言うとでも思ったのだろうか。そうですよ、手を繋ぐとかキスとかそこまでいってませんよ。亮は拍子抜けしてぽかんと口を開けている。
「そういえば……耳元で囁かれた」
「なんて?」
 すごい興味津々そうで私のほうへ体を向けて身を乗り出してきた。顔が近い。もう、そんなことされたら言うしかないじゃん。
「おれに縋り付いてくる姿、かわいかった。……みたいな」
 思い出すと恥ずかしくなってきた。亮の顔が目と鼻の先にあるのもあってか、心臓がバクバクと拍動している。
「縋り付くう!?」
「あのね、そういうわけじゃないの!」
 必死に否定する。意識があったんじゃ縋り付くなんてこと今でも出来ないっ!
「じゃあどういうわけなんだよ?」
「その、なんていうか……意識がなくて」
「ははぁーん。なるほど、そういうことか。あいつもなかなかやるなあ」
 納得したのか、うんうん頷いている。あれだけの説明で何を納得したのかが不明だ……男の子ってよく分からない。って、なんでこんなこと亮に話してんの!
 ――うまく乗せられた気がする。携帯番号を交換したときもこんな風に乗せられてついつい口が滑ってしまった記憶が蘇る。亮はズボンのポケットから自分の携帯電話を引っ張り出し、パカッと開ける。ネイビーのシンプルな携帯で、ちょっと前のタイプってところかな。ストラップは一つもついていない。男の子ってつけてても1つだよね。和樹くんはどうなんだろう。亮は携帯を閉じてズボンのポケットに戻すと、私のほうを向いて口を……あうあうさせた。心なしか目がトロンとしている。遅刻の理由は寝坊なのかな。亮はあうあうさせていた口を閉じて、キリッとした目つきに変わった。
 ちょっと……カッコイイと思ってしまった。でもそれで私の気持ちが変わるなんてことはない。和樹くんへの想いはそんな薄っぺらなものではない。気持ちがようやく落ち着いてきた。
「もうすぐ一時間目が終わるぜ」
「え、もう終わるの?」
 聞き返すと亮は再び壁にもたれ掛かった。視線は宙をゆらゆら泳いでいる。……おっと、今は人の観察してる場合じゃない!
「時間潰すのにちょうどよかった」
「急がないと」
「由香……何言ってんだ?」
 また顔を覗き込まれた。驚いた顔をしてもいいのだが、急がないと次の授業も出られなくなる。驚いてなどいられない。
「だって早く行かないと二時間目が始まっちゃう」
「あのー、ここ学校前なんすけど」
 私は冷静になって辺りを見回すと、見慣れた風景が広がる。壁にもたれ掛かったときは気が動転しててそれどころじゃなかった。
「さーて、いきますか」
「う、うん」
 よく考えてみれば亮は電車通学の人間だから、私が通学してるときに会ったら学校まではすぐだ。ああ、私のバカ。無駄に恥ずかしい思いしちゃった。

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