2.返事【その2】
「ピロティにすっか?」
亮のこの一言でピロティで食べることになった私たち。途中でマイマイとすれ違ったら、じろりと睥睨された。そんなに私と和樹くんが一緒にいるのが嫌なのか。他人事の振りをしてその場は切り抜けた。
ピロティにはベンチが置いてあって、自動販売機も完備。休憩時間や昼休み、放課後は私たち生徒にとって憩いの場となっている。お昼休みである今もガヤガヤして騒々しい。テーブルも置いてあるため、今頃の穏やかな気候だと勉強している生徒もいたりする。私は学校で授業以外に勉強はしたくないから彼らの気持ちが分からないし、分かりたくもないけど。
「さ、座ろう」
和樹くんに促されるまま壁に接しているベンチに仲良く座っていく。四人掛けのものなのに狭く感じてしまう。
「由香ちゃんが遅いからテーブル取れなかったじゃないの」
「私がいけないの?」
「そうそう。由香があそこで笑かすから時間食っちまったんだぞ」
真奈美と亮に袋叩きにあってる。今日の真奈美は口調こそ変わらないが、いつにも増して攻撃的だ。私は笑かすつもりなんて毛頭なかったのに。
「たまには膝に弁当乗せて食べるのも悪くないと思うよ?」
和樹くんはやや上目遣いでやんわり微笑んでいる。
「う……その顔で言われるとなあ」
私もだ。どんなことでもしてあげたいと思ってしまう。がっくりと項垂れた亮は「はぁ」と軽く溜息をついた。
「じゃあ……」
「いっただきまーす」
みんなの声が揃った。
左隣にいる和樹くんを何の気なしに見ると、やっぱ左手で箸を使っている。しかも器用に。前から見間違いじゃないのか、と思って何度も見返しているけどやっぱり左手で箸を使っている。というのも勉強するときペンを持つのは右手で、バスケをしているときも右手を主に使っている。なんで箸だけは左手なんだろう。実は両利き? 文字を書くのは左だと書きづらいけど、食べるのに関してそういうのはないと思う。
「永沢、食べないの?」
和樹くんは箸を置いて食べるのを一旦やめて心配そうに覗き込んでくる。私のことは気にしなくていいのに。
「ううん。ちょっと考え事。いっただきまーす」
きょとんとした顔をしているが、やがて箸を持ち直し食べるのを再開した。よかった。その後は普通に高校生らしい今流行の話などで盛り上がり、みんな食べ終わった。
「ごちそうさま」
「由香、食べるのおせーな」
亮の声だ。私は亮のいるほうに体を向けた。
「しょうがないじゃん、食べ始めるの遅かったんだから。それに女の子よ」
「そうよ」
真奈美も加勢してくれる。鈍臭いけど女の子の中では食べるの早いんだよね。意外なところで俊敏な動きをするから、鈍臭いのは作ってるのかと疑ってしまう。だとしたら相当のやり手だ。
「ふーん」
子どもっぽいと思いつつも、私はむぅーと膨れる。そんなことをしていると、くすくすと後ろから笑う声が聞こえた。
声のほうを振り向くと、いつも見ている和樹くんの笑顔が目に入る。
……思い出した。食べているときには忘れてしまったけど、聞いておこう。和樹くんが食べ終わったときにこれはいけないな、と思いつつ見てしまったお弁当箱にはご飯粒一つついていなかった。
「そういえば、和樹くんはどうして箸は左手で使うの?」
いかにも白々しい質問をすると和樹くんは「うーん」と唸り、眉間に眉根を寄せる。聞いてはいけないことだったかな。でもここまで言った以上引き下がれないし。そのうち険しい表情は崩れてゆっくりと口を開いた。
「子どものころ、父方の叔母さんが左手使ってるの見て、カッコイイと幼心に思ったんだ。それが……始まり」
一気に喋り終えた和樹はニヤニヤ笑っている。
「ほら、両手使えないと困るじゃん」
と付け足し今度は苦笑した。
今のどこが笑えた? 右利きの人が左手を使うなんてよっぽどのことがない限り変えない。私もそうだ。左手に魅力を感じない。ただ、左手使ってる人は賢く見えるかなぁ程度でそうまでして賢く見られたくない。相変わらず周りはガヤガヤと五月蝿いが、私たちの周りだけはしんと静まり返っている。この状況を打開するため、無理やり笑う。
「あ、あはは。そんなもんだよね」
和樹くんのようにうまく慰めることはできないし、強くもない。けど――これが私の有りの儘の姿。私が和樹くんを頼るように、和樹くんも私を頼って欲しい。
今さらだけど……和樹くんが喋っているとき、目が完全に泳いでた。この前もウソをついているときは目が泳いでた。今のもウソなら、彼にどれだけ負担をかけただろう。でも仮にウソだとしたら本当の理由は一体……?
*******
結局左手で箸を使っている本当の理由を聞けないまま二日が経っていた。あれが本当の理由なのかもしれないけど、信じたくない。どっちの手を使おうが一向に構わないけど、それが和樹くんのことだと思うと知っておきたい。
今は学校の帰り道でまだ学校からそれほど離れていない。私と和樹くんは横から夕日に照らされて歩いている。私は、あのとき――告白したときのように和樹くんの二、三歩後ろを歩いている。和樹くんが言ったとおりお昼と学校の帰りは一緒だった。
でも、二人の間には見えない壁のようなものがあって、話も弾まずどこか気まずい雰囲気が流れている。お昼は亮も真奈美もいたからまぎれていたけど、二人っきりになるとどうしていいか分からなくなる。
不意に後ろから気配を感じ、振り向くと中年男性と思われる人がジョギングをしていた。顔はフードを被っているため見えなかったが、筋肉がすごく発達していて服越しからでも分かるくらい逞しい。
「ふぅ」
和樹くんは深くため息をついて肩を落とす。私はその拍子に前に向き直る。初めて聞いた和樹くんのため息。その原因が私なんじゃないかと思うと肩に重いものを感じる。
私は前を歩いている和樹くんの隣へと歩み寄った。
「和樹くん、どうかしたの?」
「……あ〜、なんでもないよ」
こうなることは分かっている。けど和樹くんが何でそんな気持ちなのかが知りたくて。私が和樹くんのおかげでいい思いをしているように、和樹くんにも同じことをしてあげたい。
「永沢」
いつもと同じ優しい声。それが私に届き、和樹くんに視線を向けた。和樹くんも前を向いていた視線を私に落として、見詰め合う。和樹くんの頬がほんのり赤く染まっていてちょっと、色っぽい。
「オレ、あの時から永沢のことが好きになっていって」
ん。ああ、そう。
――えぇっ!
理解するのに少し時間がかかった。あのとき。それが告白のときを指していることはすぐに分かった。でもなんで? あんな酷いことをしたのに? 和樹くんの心なんて置いていってしまって、一人で突っ走ってしまったのに? 疑問が渦巻いていく。
「でも……どうやって接すればいいのか分からなくて」
和樹くんの声が切なくなっていき、だんだんと俯いていく。ほどなくすると、目を瞑って片手で両目の目頭を押さえ、顔を空へと向けた。すると急に笑い出した。頭おかしくなっちゃった?
「あはは。バカだなぁ。女の子に悩みぶつけちゃってさ。オレ、『男のプライド』っていうのがないのかも」
その声は震えていて、少し嗚咽している。私はそのことに驚くことしか出来なかった。笑顔の裏にこんな気持ちを隠し持っていたんだ。和樹くんが泣くなんて、そんなこと絶対ないだろうと思っていた。でも現実は違った。目の前にいる彼は本当に泣いていて、感情を吐露してくれた。包み隠さず本音をぶちまけてくれた。それだけで嬉しい。一歩近づけた気がする。
そうか。さっきのため息は自分へ向けたものだったんだ。
「だから……さ」
和樹くんは私のほうに体を向き直す。その瞳はさっきまでとは別物なくらい真剣な眼差しをしていて、目尻が潤っている。
「どうやって接していいか分からないけど、出来る限りがんばる。永沢のこと好きなのは本当だっていうこと、忘れないで」
言い終わると和樹くんは目を細めにこっと笑った。そのはずみに目尻から頬へ一筋涙がツウと流れた。「好き」って二回も、それに初めて言われたから頭がクラっときた。
「私もこういうの初めてで……分からないことばかりかもしれない。それでも、がんばるね」
私も和樹くんと同じように、これ以上ないくらい満面の笑みを浮かべる。
和樹くんの腕が目の前を通過して、頭に暖かい感触がやってくる。それって……ぽんぽんと頭を撫でてくれたのだ。嬉しいっ!
「それじゃあ、帰ろうか」
「うんっ」
私は一生この光景を忘れない、と直感的に思った。たとえ苦い思い出になってしまったとしても。
亮のこの一言でピロティで食べることになった私たち。途中でマイマイとすれ違ったら、じろりと睥睨された。そんなに私と和樹くんが一緒にいるのが嫌なのか。他人事の振りをしてその場は切り抜けた。
ピロティにはベンチが置いてあって、自動販売機も完備。休憩時間や昼休み、放課後は私たち生徒にとって憩いの場となっている。お昼休みである今もガヤガヤして騒々しい。テーブルも置いてあるため、今頃の穏やかな気候だと勉強している生徒もいたりする。私は学校で授業以外に勉強はしたくないから彼らの気持ちが分からないし、分かりたくもないけど。
「さ、座ろう」
和樹くんに促されるまま壁に接しているベンチに仲良く座っていく。四人掛けのものなのに狭く感じてしまう。
「由香ちゃんが遅いからテーブル取れなかったじゃないの」
「私がいけないの?」
「そうそう。由香があそこで笑かすから時間食っちまったんだぞ」
真奈美と亮に袋叩きにあってる。今日の真奈美は口調こそ変わらないが、いつにも増して攻撃的だ。私は笑かすつもりなんて毛頭なかったのに。
「たまには膝に弁当乗せて食べるのも悪くないと思うよ?」
和樹くんはやや上目遣いでやんわり微笑んでいる。
「う……その顔で言われるとなあ」
私もだ。どんなことでもしてあげたいと思ってしまう。がっくりと項垂れた亮は「はぁ」と軽く溜息をついた。
「じゃあ……」
「いっただきまーす」
みんなの声が揃った。
左隣にいる和樹くんを何の気なしに見ると、やっぱ左手で箸を使っている。しかも器用に。前から見間違いじゃないのか、と思って何度も見返しているけどやっぱり左手で箸を使っている。というのも勉強するときペンを持つのは右手で、バスケをしているときも右手を主に使っている。なんで箸だけは左手なんだろう。実は両利き? 文字を書くのは左だと書きづらいけど、食べるのに関してそういうのはないと思う。
「永沢、食べないの?」
和樹くんは箸を置いて食べるのを一旦やめて心配そうに覗き込んでくる。私のことは気にしなくていいのに。
「ううん。ちょっと考え事。いっただきまーす」
きょとんとした顔をしているが、やがて箸を持ち直し食べるのを再開した。よかった。その後は普通に高校生らしい今流行の話などで盛り上がり、みんな食べ終わった。
「ごちそうさま」
「由香、食べるのおせーな」
亮の声だ。私は亮のいるほうに体を向けた。
「しょうがないじゃん、食べ始めるの遅かったんだから。それに女の子よ」
「そうよ」
真奈美も加勢してくれる。鈍臭いけど女の子の中では食べるの早いんだよね。意外なところで俊敏な動きをするから、鈍臭いのは作ってるのかと疑ってしまう。だとしたら相当のやり手だ。
「ふーん」
子どもっぽいと思いつつも、私はむぅーと膨れる。そんなことをしていると、くすくすと後ろから笑う声が聞こえた。
声のほうを振り向くと、いつも見ている和樹くんの笑顔が目に入る。
……思い出した。食べているときには忘れてしまったけど、聞いておこう。和樹くんが食べ終わったときにこれはいけないな、と思いつつ見てしまったお弁当箱にはご飯粒一つついていなかった。
「そういえば、和樹くんはどうして箸は左手で使うの?」
いかにも白々しい質問をすると和樹くんは「うーん」と唸り、眉間に眉根を寄せる。聞いてはいけないことだったかな。でもここまで言った以上引き下がれないし。そのうち険しい表情は崩れてゆっくりと口を開いた。
「子どものころ、父方の叔母さんが左手使ってるの見て、カッコイイと幼心に思ったんだ。それが……始まり」
一気に喋り終えた和樹はニヤニヤ笑っている。
「ほら、両手使えないと困るじゃん」
と付け足し今度は苦笑した。
今のどこが笑えた? 右利きの人が左手を使うなんてよっぽどのことがない限り変えない。私もそうだ。左手に魅力を感じない。ただ、左手使ってる人は賢く見えるかなぁ程度でそうまでして賢く見られたくない。相変わらず周りはガヤガヤと五月蝿いが、私たちの周りだけはしんと静まり返っている。この状況を打開するため、無理やり笑う。
「あ、あはは。そんなもんだよね」
和樹くんのようにうまく慰めることはできないし、強くもない。けど――これが私の有りの儘の姿。私が和樹くんを頼るように、和樹くんも私を頼って欲しい。
今さらだけど……和樹くんが喋っているとき、目が完全に泳いでた。この前もウソをついているときは目が泳いでた。今のもウソなら、彼にどれだけ負担をかけただろう。でも仮にウソだとしたら本当の理由は一体……?
*******
結局左手で箸を使っている本当の理由を聞けないまま二日が経っていた。あれが本当の理由なのかもしれないけど、信じたくない。どっちの手を使おうが一向に構わないけど、それが和樹くんのことだと思うと知っておきたい。
今は学校の帰り道でまだ学校からそれほど離れていない。私と和樹くんは横から夕日に照らされて歩いている。私は、あのとき――告白したときのように和樹くんの二、三歩後ろを歩いている。和樹くんが言ったとおりお昼と学校の帰りは一緒だった。
でも、二人の間には見えない壁のようなものがあって、話も弾まずどこか気まずい雰囲気が流れている。お昼は亮も真奈美もいたからまぎれていたけど、二人っきりになるとどうしていいか分からなくなる。
不意に後ろから気配を感じ、振り向くと中年男性と思われる人がジョギングをしていた。顔はフードを被っているため見えなかったが、筋肉がすごく発達していて服越しからでも分かるくらい逞しい。
「ふぅ」
和樹くんは深くため息をついて肩を落とす。私はその拍子に前に向き直る。初めて聞いた和樹くんのため息。その原因が私なんじゃないかと思うと肩に重いものを感じる。
私は前を歩いている和樹くんの隣へと歩み寄った。
「和樹くん、どうかしたの?」
「……あ〜、なんでもないよ」
こうなることは分かっている。けど和樹くんが何でそんな気持ちなのかが知りたくて。私が和樹くんのおかげでいい思いをしているように、和樹くんにも同じことをしてあげたい。
「永沢」
いつもと同じ優しい声。それが私に届き、和樹くんに視線を向けた。和樹くんも前を向いていた視線を私に落として、見詰め合う。和樹くんの頬がほんのり赤く染まっていてちょっと、色っぽい。
「オレ、あの時から永沢のことが好きになっていって」
ん。ああ、そう。
――えぇっ!
理解するのに少し時間がかかった。あのとき。それが告白のときを指していることはすぐに分かった。でもなんで? あんな酷いことをしたのに? 和樹くんの心なんて置いていってしまって、一人で突っ走ってしまったのに? 疑問が渦巻いていく。
「でも……どうやって接すればいいのか分からなくて」
和樹くんの声が切なくなっていき、だんだんと俯いていく。ほどなくすると、目を瞑って片手で両目の目頭を押さえ、顔を空へと向けた。すると急に笑い出した。頭おかしくなっちゃった?
「あはは。バカだなぁ。女の子に悩みぶつけちゃってさ。オレ、『男のプライド』っていうのがないのかも」
その声は震えていて、少し嗚咽している。私はそのことに驚くことしか出来なかった。笑顔の裏にこんな気持ちを隠し持っていたんだ。和樹くんが泣くなんて、そんなこと絶対ないだろうと思っていた。でも現実は違った。目の前にいる彼は本当に泣いていて、感情を吐露してくれた。包み隠さず本音をぶちまけてくれた。それだけで嬉しい。一歩近づけた気がする。
そうか。さっきのため息は自分へ向けたものだったんだ。
「だから……さ」
和樹くんは私のほうに体を向き直す。その瞳はさっきまでとは別物なくらい真剣な眼差しをしていて、目尻が潤っている。
「どうやって接していいか分からないけど、出来る限りがんばる。永沢のこと好きなのは本当だっていうこと、忘れないで」
言い終わると和樹くんは目を細めにこっと笑った。そのはずみに目尻から頬へ一筋涙がツウと流れた。「好き」って二回も、それに初めて言われたから頭がクラっときた。
「私もこういうの初めてで……分からないことばかりかもしれない。それでも、がんばるね」
私も和樹くんと同じように、これ以上ないくらい満面の笑みを浮かべる。
和樹くんの腕が目の前を通過して、頭に暖かい感触がやってくる。それって……ぽんぽんと頭を撫でてくれたのだ。嬉しいっ!
「それじゃあ、帰ろうか」
「うんっ」
私は一生この光景を忘れない、と直感的に思った。たとえ苦い思い出になってしまったとしても。
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