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2.返事【その1】

 今年も衣替えの季節がやってきた。麗らかな春の陽気も終わりを告げ、これからは日差しが地面を照りつけ、一年でもっとも暑い季節に入っていく。
 「最後」っていうのは衣替えのこと。告白にはYシャツより学ランを着ているイメージがあって、無理やり告白した。結果はダメだったけど、イメージどおりの告白が出来て満足してる。それに……和樹くんのことをもっと知りたいってきっかけにもなったしね。
 でも――あのときを思い出すと、何かがぐっと心に押し上げてきて少し息苦しくなる。それがなんなのかは自分でも分からなくて。
「……か、由香。どうしたの?」
 心配そうな真奈美の声に私は現実へと引き戻された。二時間目の休み時間。同級生たちが友達と楽しそうに話している姿が目に入る。
「また妄想なの?」
「ち、違うって」
 いつもなら黙って肯定するのだが、今日は違う。――和樹くんが目の前にいるのだ。妄想癖が激しいって知られたら、彼にどんな目で見られるかと思うと否定しないわけにはいかない。
「永沢、焦ってるよ」
「そんなわけないじゃない。和樹くんは私が妄想癖なんて持ってると思うの?」
 しまった。「妄想癖」と言うなんて自分から公言してるようなものだ。
「思ってないって」
 和樹くんは真顔で喋っている。こんな顔も見たことがない。本当に私は和樹くんの笑っている表情しか知らなくて、つくづく自分はバカだと思い知らされる。和樹くんのことなんて何も知らずに、和樹くんの気持ちなんて何も考えず告白してしまった。けどそんな私でも和樹くんは目の前にいて、前と同じように接してくれている。無理してるんじゃないか。って、そう思うと胸が苦しくなる。
 私が何も返してこないためなのか、和樹くんは私の隣にいる真奈美のほうに体を向き直した。
「あ、田上さん今日一緒にご飯食べない?」
「え? 二人に悪いよぉ」
「大丈夫。今日は亮も誘ってあるから」
 亮というのは和樹くんの親友でよく一緒に行動している人だ。そんなの聞いてないぞ。みんなで食べるなら事前に言っておいてほしい。
「それなら構わず行く〜」
「構わず、っていうのはちょっと考え物だけど永沢はいいよね?」
 そう言って和樹くんは私に顔を向けた。……いつもと同じ、微笑んだ顔で。
「真奈美ならいいよ」
「よかった」
 和樹くんは胸をなでおろしたみたいだ。私もよかった。
 一呼吸置くと、時間を計ったかのように授業を報せるチャイムが鳴った。ぞろぞろと同級生たちが席に座っていく様子を何気なく眺めていた。
 今日は授業が身に入らない。集中しようとすると和樹くんの顔が脳裏を過ぎる。私は窓際の列、和樹くんの席は私より三つ前の一つ右の席で、後姿は確認できる。和樹くんは居眠りはもちろん、頬杖をついて気怠そうに授業を聞いていたりというのは一度も見たことがない。頭がよくなる秘訣はそれなのかな、と思った私は既に頬杖をついていた。


 なんとか三、四時間目を終わらせ昼休みの時間に入った。
 ぼーっとしていると、和樹くんがにこにこしながら私に近づいて来る。続いて、渋々といった表情で亮と真奈美も私の前に来た。私のところに集まるなんて約束してたっけ。
「なんでみんな私のところに来るの?」
 私は素朴な疑問を三人に投げかけた。
「なに言ってんの、自分から動かないで〜」
 呆れながらも、返事をしたのは真奈美だった。ああ、そうか。動く気なんてまったくなかった。白々しく謝る。
「あ! ああ、ごめん、ごめん」
「由香さあ授業中、心ここにあらずって感じだったぞ」
 馴れ馴れしく私のことを呼ぶのは亮だった。和樹くんのことは亮から色々と聞いていた。
「そんな感じ」
 亮とは中学3年の時からずっと同じクラスで、プチ腐れ縁というところだ。数えるほどしか話してないのに、何故か携帯番号を交換するまでになっていた。亮は人懐っこい笑みを浮かべて、親しく話してくるものだから私も呼び捨てで呼んでいる。亮は私の斜め後ろの席で、私を観察しようと思えば観察できる位置にいる。親近感が沸く人で友達なら亮だけど、恋人なら……和樹くんかな。
「適当だなおい。つーか、答えになってねーし」
「まぁまぁ人間、そんな時もあるよ」
 私は得意気になって答える。カッコイイセリフを言ったつもりが、亮と真奈美は腹を抱えて笑っている。和樹くんは、いつもの笑い顔だ。開いている窓のサッシに後ろ手をついて、笑っている姿が爽やかだ。どんな仕種でもかっこよく思えてしまう。
「由香なに悟っちゃってんだよ。あー、おかしい」
 笑いながらも亮は必死に言葉を紡いだ。え、どうして? なにか面白いことでも言った? 私は大真面目で言ったのに。
 みんな笑ってる。頭の中が「クエスチョンマーク」でいっぱいだけど、私もつられて笑顔になった。

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