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高く遠く女は度胸、男は愛嬌(2-5)

 我がS高女子テニス部のインターハイは県予選で静かに散った。もちろん紗枝先輩も例外ではない。もともとそんなに強くないチームなので当たり前といえば当たり前だった。
「今週末の日曜、サッカー部の県予選あるんだけど観に行かない?」
 そう誘ってきたのは紗枝先輩だった。部活がなく直帰しようとしたところ、昇降口で捕まってしまった。校門へ続く坂を上りながら話す。
「日曜なら暇なので行けます。行かせてください」
「そんな懇願しなくてもいいから。その日は順当に行けば準々決勝。だからレベルの高い試合が見れると思うわー」
 そのくらいが良いのかもしれない。サッカー部は強くて準決勝まではいったことがあるみたいだけど、決勝戦まではいっていない。ベスト8までは安定して成績を残しているから負けて観に行けないってことはなさそうだ。
「だったら決まりね。戻るわよ」
「えっ?」
 なぜ戻るのか理解できないまま紗枝先輩に手首を掴まれ強引に引き戻される。
 止まった場所はグラウンドに続く階段の前だった。隣でテニスコートの近くにある部室を一心に見る紗枝先輩。
「どうしたんですか。忘れ物ですか?」
「そんな年寄りくさいこと私がするわけないでしょ。決まってるでしょ。晴喜のとこに行って『応援しますぅー』って言ってくんの」
 なにそれ。両手を丸めて顎に引っ付けて上目遣いとか狙いすぎだ。できるわけがない。
「女の子にそんなこと言われて気を悪くする男子はいないっ! って考え」
 自信満々に言われても実行できるかどうか微妙なところだ。タオル貸してもらってから一度も話してないぞ。
「そうと決まったら行こ。今日はミーティングだけみたいだからもう終わったとこじゃないかな」
「は、はあ」
 またしても手首を掴まれて強引に連れて行かれる。私の意志は存在しないのか。でもきっかけを作ってくれるのは嬉しい。
 自分から歩き出して、サッカー部の部室を目指した。近くなってきたところで、私服やジャージなど様々な服装で出てきたサッカー部員がぞろぞろと出てきた。その中に大野先輩の姿はない。まだ中にいるのかと思ってその集団を遠めに見ていると、紗枝先輩が一人のサッカー部員を捕まえる。
「晴喜どこにいるか知らない?」
「大野先輩ですか。まだ部室にいると思いますよ」
「そ。ありがと」
 紗枝先輩は解放してそこから部室に向かった。少し距離のあった私は小走りで追いつく。先に部室の前に着いていた紗枝先輩はトントンとノックする。中からあまり声は聞こえない。
「どうぞ」
 数秒して声が聞こえてきた。紗枝先輩はその合図に戸を開く。なんともない顔をしてずんずんと中へ入っていくので、私もそれに続く。中にはジャージ姿の大野先輩と数人のサッカー部員が残っていた。
「晴喜ちょっと借りてくよ」
 私と同じように手首を掴まれて成す術もなく部室から引きずり出された。中からは「また女かよ」とか「こないだと違うぞ」とか「幸せですねっ!」なんて野次が飛んでいた。先輩も混じっていたのかな。
 外に連れ出された大野先輩は夕日に照らされてバツが悪そうな顔をする。一向に私たちと視線を合わせようとしない。不思議なのは紗枝先輩にも目を合わせていないことだ。私に遠慮してなのだろうか。
「晴喜くぅん。嬉しいお知らせがありまーす」
 そう言って紗枝先輩は大野先輩の後ろに回りこむ。何をするかと思ったら横からひょいっと顔だけ出して、目で合図を送ってくる。そんな状況に大野先輩は更に戸惑いを隠せない様子だった。後ろにいる紗枝先輩を気にして、私とは目も合わせてくれない。
「あ、あの大野先輩」
「な、なに?」
 呼びかけをしたらこちらに目線をくれた。直視ってところまではいってないと思うけど、名前を呼んで応えてくれるだけで嬉しかった。なんて浮かれてないでツンデレのツンだ。
「サッカー部は次の日曜にし、試合があったよな。応援してやらないこともな、ないからな」
 やっと慣れてきた。大野先輩はまだこの私に慣れていないのか、それとも理解ができないのかぽかんとした顔だった。沈黙が長い。痺れを切らしたのか紗枝先輩が飛び出てきて、私の隣に並ぶ。
「だーもう。応援しに行くってこと。そんぐらい理解しなさいよ」
「は、はい。頑張ります」
 罵声を浴びせられた紗枝先輩に萎縮したのか大野先輩は後ずさりしながらの返答だった。その距離を詰めたのは紗枝先輩だ。
「プレーで魅せてくれるんでしょ」
「俺にできる精一杯のことはしますよ」
「それでよし」
 頭をなでなでする紗枝先輩に大野先輩は恐縮しきりだった。この二人は仲が良すぎて私が入っていって良いのか疑問が湧いてくる。でも付き合いが長い男女の関係ってなかなか恋仲にはならない気がする。心は許してるけどそれは友達として、って感じで。
「今日ってこれで終わり?」
「そうですね。今週末は二日連続で試合があるので身体を休めておけって」
「そうなの」
「紗枝先輩、声が変に上擦ってますよ」
「そりゃ決まってるじゃない」
 振り返って私の傍にまで歩いてきて、大野先輩に聞こえないよう耳打ちしてくる。
「三人で帰ろって誘いなさい」
「え」
 応援するってことだけ言って後は紗枝先輩と二人で帰る予定だったから、予想外の提案に次の行動を躊躇してしまう。
「晴喜の性格なら断らないって。大丈夫だから」
 腰を押されて大野先輩との距離が縮まる。結構な強さで押してきたので、もう二歩くらいの距離しか空いていない。間近で顔を見ていると心臓がバクバクしているのが手に取るように分かる。
「さ、三人でその。帰らないか?」
「……いいよ」
 少しの間が気になったが、OKを出してくれたということで一安心。表情に曇りがあったのが引っかかった。
「ちょっと待って。荷物取って来るから」
「早くしなさいよー」
「分かってますって」
 大野先輩が部室に入ったのを確認すると、紗枝先輩はいそいそと私に近づいてきた。
「いい調子じゃない。『晴喜は振った後も同じように接してくれる』の意味が分かった?」
「結構気にしてると思います。普通に接してはくれますけど、ふとした拍子に『変わった』と感じます」
「気にしすぎだって。過去は変えられないんだから、これからどうにかするしかないよ」
 その通りだった。そんなことを話していたら晴喜先輩が部室から出てきた。
「お待たせしました」
「女の子待たせるなんてひっどーい」
「仕方ないじゃないですか。手ぶらで帰れって言うんですか。それに誘ってきたのはそっちじゃないですか」
「言うようになったねわえ」
 二人の息のあった掛け合いを見ていると良いなって思ってしまう。私も大野先輩とこんな関係になりたい。真ん中を歩く紗枝先輩が少し足早になって私たちの前に立つ。
「どっか寄って帰る?」
「長居しなければ」
「どこかあてでもあるんですか?」
「ない」
 きっぱり言われてしまった。市街地とは少し距離があるから、ぶらぶら歩くってのもつまらない。ファミレスとかも遠いし、歩いていける距離に楽しめる場所は皆無だった。
 紗枝先輩は思案した後、校舎を指差す。
「ジュース買ってのんびりしてこー」
「そ、それはちょっと」
「何か文句ある?」
 笑顔で迫る紗枝先輩。怖いです……。先輩の権限をフルに活用しないでください。大野先輩が何をためらったのか分からないけど、とりあえず自販機まで歩いた。
「さー、今日は私の驕り。好きなの選びなさい」
 紗枝先輩はそう言ってちゃりんとお金を投入した。
「いいんですか、ありがとうございます」
 大野先輩は即決のようで、マンゴージュースを買っていた。
「ほら綾子も」
 続けてお金を投入する。こういうのは悩んでしまう。でもお金入れてから長い間放置しているとお金が出てきちゃうんだよね。それまでには決めないと……って!
 ピッ。ガコン。
「何やってるんですか」
「こういうのは早く決めないと」
 紗枝先輩が勝手に押していた。しかも自分の分ではなさそうだ。私の前に差し出された手には、大野先輩と同じマンゴージュースが握られていた。渋々受け取る私。
 失意の中、紗枝先輩はコーラを買っていた。王道だった。
 全員の手にジュースが行き渡ったところで三人で寂しく乾杯をする。音頭を取るのは紗枝先輩だ。
「サッカー部優勝を願って、かんぱーい」
「かんぱーい」
 私たちもそれに続いて缶をぶつけて飲む。マンゴージュースは思ったより美味しかった。大野先輩は即決だったけど、好きなのかな? 大野先輩に向き直る。ごくごくと飲む姿を見て喉が渇いていたのかと思った。
「ま、マンゴーが好きなのか?」
「好き、だけど……」
 言葉を失った様子で、右手に持った缶も徐々にうなだれていって今にも落としそうだ。指がかなり冷えている。
「ど、どうかしたか?」
「前から気になってたけど、どうして急にタメ口になったの?」
 険しい顔つきに思わず後ずさりしてしまう。怖いよ……。そんな顔で見ないで欲しい。恐怖から逃れるために視線を外した。長い。長い沈黙に感じられた。私が話す番なのに……怖くて声が出ない。いや、本当のことが言えない。大野先輩の前では、私……。
「別にタメ口許さないってわけじゃないから。むしろ歓迎っていうか。あ、やっぱ、なし。かな。一応先輩だし」
 必死に取り繕う感じが見ないでも伝わってきた。
「急に言葉遣いが変わったから気になっただけで。綾子さんは良識ある人だと思ってるから」
 優しい言葉に身を委ねてしまいそうだ。
「あ、だっちー」
 は? この雰囲気にはそぐわないあっけらかんとした声が聞こえてきた。顔を上げる。声の主は、俊介先輩だった。
「はるるんに、それとさっちゃんまで」
 ニコニコと笑顔で手を挙げてこちらに近づいてくる。首を傾けたりして凝りを取ろうとしているようだ。
「気分転換しようと外に出てみたらお友達がいっぱいいた」
 笑顔を崩さずに言いきった。俊介先輩は見事にこの気まずい空気を打破してくれた。そして、私たちに向けていた視線を大野先輩に移した。
「はるるん今週末試合でしょ? 頑張って」
「はい。全力を出します」
 落ち着いてきた私は紗枝先輩を見てみた。紗枝先輩にとって幼馴染である俊介先輩はサッカーをやめてから、あまり仲が良くないと言っていた。案の定、さっきまでの楽しそうな表情は消え失せていた。陰鬱な視線が俊介先輩に向けられている。当の俊介先輩はそんな視線をものともせずに大野先輩との話を続ける。
「なになにこれは。清き男女交際?」
「清いかどうかは別として、はたから見たらそうですね」
「清くないの? はるるんやらしいことでも考えてんの?」
「考えてないですよ! ただ、男女間でその、友情って芽生えるのかと思って」
 大野先輩はいじられポジションなのだろうか。あののんびりした俊介先輩にもいじられるって相当だと思う。サッカー部員にもいじられてたし。
「やっぱやらしい目で女の子見てるんだ。爽やかな顔して裏ではエロチックな妄想を」
「やめてくださいよ」
 この二人のやり取りも紗枝先輩とは違って面白い。散々いじられた大野先輩はしょげてしまった。挙句、俊介先輩にマンゴージュースを取られている。俊介先輩はマンゴージュースが入った缶をあおった。
「これから帰るとこ? 呼び止めちゃったね、ごめんごめん。清き男女交際を楽しんでねー。んじゃ」
 嵐のように現れて去っていってしまった。律儀にマンゴージュースの缶を捨てて。
「あいつ、何がしたかったんだろ」
 紗枝先輩が呟いていた。しかし、その問いに答える人はいない。問い、というより独り言だったのかもしれない。私は缶に残ったジュースを飲み干すと、声を掛けた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうね。こんな場所にいても仕方ないし」
「良かった」
 大野先輩はほっと一息ついていた。ここに来るのを躊躇したのと、最後の安堵はなんだったんだろ。

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