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君色の光【その11】

 今日は学校に来ることができて、勉強の遅れを取り戻せたのは良かった。……けど
「お、和樹ぃ〜、元気だった?」
 二時間目が終わった途端に馴れ馴れしくオレに話しかけてくるのは亮だった。
「元気ではなかったけど、今は元気だよ」
「いちいちお前は細かい! もっと大雑把になれ」
 なぜ亮に命令されないといけないんだ。って、そんなことはどうだっていい。亮は――オレとあんなことがあったのにどうして前みたいに接してくれる? それが不思議でならない。普通あんな激突があったら誰だって嫌だ。永沢の様子を探ってくれ、っていうのはオレから言い出したことで、こんな嫌なやつとは絡みたくない。仮にも警察沙汰になりかけたというのに。
「亮はさ、オレのことどう思ってるの?」
「いきなりなんだよ」
 だってオレだったらもうそいつとは絡まないことにする。相手からだったら仕方がないけど、自発的には絡まない。傷口を悪化させるだけだ。
「オレ、亮のことが解らない」
 意図しないうちに暗い雰囲気に持ち込ませようとしていると、亮はまだ切って間もないスポーツ刈りの頭をガシガシ掻いて辟易したようにため息をついた。イライラしていそうだ。
「何言ってんだよ」
「そのままの意味」
「はあ? 意味わかんね。お前って結構馬鹿なんじゃねえの?」
 馬鹿だなんて……。確かにそうかもしれない。自分で言うのもなんだけど勉強は出来る。だけどこういうことは苦手だ。勉強が出来るって頭が良いってことなのかな。亮はオレのことを直視してきた。そしてにこっと笑った。なんか恥ずかしいぞ。
「俺たち友達だろ」
「友達……」
 オレのことをまだ友達と呼んでくれる。
「そう。だから後は分かるよな? じゃ」
「ちょっと!」
 亮は軽快な動きで教室を出て行ってしまった。
 友達だからあんな最低な行動を起こしても許せるっていうのか? オレは……許せない。不甲斐なさすぎる。亮のことを考えれば嫌なことだって分かったはずだ。友達の、それに彼女の様子を探るなんてオレだったら「自分でなんとかしろよ」と言ってしまう。それなのに亮は引き受けてくれた。――亮のこと、やっぱりオレには解らないよ。

*******

 暑い。しかも嫌な暑さ。蒸し暑い。
 なんだってこの学校の昇降口はこんなにも暑いんだ。風通りが悪い。これだったら外のほうが涼しいんじゃないかと思うくらいだ。でもここが待ち合わせ場所だから離れるワケにも行かない。なんだか暑さで頭がぼーっとし始めてきた。そういえば一年のころは校舎内をよく歩かされたなぁ。生徒会もそうだし部活でもそうだった。そのたび、ここの近くを通ると熱気でムンムンしてたんだ。廊下とか教室のほうが涼しいと思う。人を通す玄関口がこれでどうするんだ。この高校には特に不満はないけど、ここだけは何とかしたほうがいい。あと保健室の建て付けも。
 昔を振り返っていると永沢が階段から降りてきた。危なっかしいな。また踏み外したらどうするつもりだ。昨日まで腕に巻かれていた包帯はなくなっていてガーゼになっていた。はみ出ているところが少し赤黒く見えるのは気にしないでおこう。永沢はオレのところまで苦笑いで駆けてくるとそのままの表情で謝った。引っかかる。表情に冴えがないのかな。
「ごめーん」
「気にしないで。オレも今着いたところだから」
 あ、つい出てしまった。……ん。でも今日は永沢が嫌そうな顔をしない。それにしても珍しいな。部活はいつもと同じ時間に終わったんだけど、オレが先にここに来てるなんて。まぁいいや。早く出たい。永沢が靴を履くのを待ってからやっと外に出ることができた。本当なら一緒に出たかったけど、我慢できなかった。外に出ると生暖かい風を被る。無風よりは良い。さっきよりは良い。このまま汗を拭かないのも気持ち悪くて嫌だし、今のうちに拭いておこう。ポケットからハンカチを出して一番汗が吹き出ている額を拭った。この瞬間がとても気持ち良い。亮を始め男子はほとんど持ってないけど、理解できない。手で拭うと手がべったべたになるから嫌だ。もし永沢と手を繋いで「和樹くんってこんなに手汗ひどいんだ」とか思われたくないし。
 学校を出て少し歩いたところでオレは後ろを振り返り
「永沢? もしかして」
 視線を地面まで落とす。訊いてもいいこと、だよな。顔を上げて気になっていたことを訊ねてみた。
「オレが永沢のこと……『ゆか』って言わないから怒っちゃった?」
「ううん、そうじゃないよ。怒ってるように見える?」
 表情に冴えがない。さっきまでなかった眉間にもしわ寄っちゃってるし。
「……見える。まぁいいや」
 そこまでして追求すべき問題でもない。再び歩き出しても永沢は隣を歩いてくれない。確かに後ろにはいるけど、隣にいてほしい。また振り返って永沢を見ると暗い表情だ。
「隣に来てよ。オレのこと、怖い?」
 そう声をかけると永沢の体が一瞬ヒクついた。本当に怖いのかな、どうしてだろう。昨日は手を繋いでくれたのに。
「昨日、手繋いだよね。並んで歩こう?」
 オレの願い。強引なことはしない。相手が承諾してくれないと一方的な感じがして厭わしい。
「うん」
 重みがある返事だ。
 オレも、永沢も、相手に手を差し出していた。手を繋ぐとどちらからともなく指を絡めあった。永沢は手を繋いでも頬すら染めないで四回目にして手馴れた感じになっている。でも見つめ続けているとだんだんと赤くなってきた。永沢は手を繋ぐという行為よりオレに見られるほうが恥ずかしいのかも。こんな至近距離で見ていると……笑いが込み上げてきた。永沢もほとんど同時にくすくす笑い始めた。
「あぁ〜、おかしい」
「ほんとだね」
 永沢も隣に来てやっと並んで歩くことが出来た。オレにも守る人が出来た。母さん以外にも好きな女の人が出来た。すごい進歩だよな。彼女がいるっていうこと、一ヶ月前は想像すらしていなかった。恋愛は相手本位で考えるものだと思っていた。でもオレたちにとってそれは違うもの。言いたいことがあったら言わないと永沢にまた泣かれてしまう。小さな一歩を踏み出すために……永沢への感謝とともに
「ごめん。そしてありがとう。……ゆ、ゆかちゃん」
 名前を呼ぶというのはオレにとって、とても大きな一歩だった。
2008.10.24 了

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