7.エピローグ
「おっはよ〜」
「今日は元気だねえ」
亮は肩を落として残念そうに言う。結局、亮は何事もなかったかのように接してくる。立ち直りが早いのか、それとも半ば諦めていたのか。事情は本人にしか分からない。
「おはよう、永沢」
亮に見せ付けるために和樹くんの腕に飛びつこうと思ったけど、やめた。そんなことを教室でやったら他の女子たちにどんな目で見られるか分かったものじゃない。今でもどんな目で見られてるか分かったものじゃない。嫉妬心でメラメラしてそうだ。
午前の授業を受け、お昼は和樹くんと一緒にご飯を食べて、午後の授業を受けた。いつもと変わらない。そして部活の時間になる。教室の出入り口のところで無意識のうちに足が止まり振り返った。それに気づいた真奈美が首を傾げて近づいてくる。
「由香ちゃん、行こぉ?」
「うん」
「教室気にしてどうしたの?」
亮のことが気になって仕方がない。部活をやってないのか、私が吹奏楽のために音楽室に行くときでもまだ教室にいる。亮は机に頬杖をついて外を眺めてる。クラスメイトはもう部活や帰宅で教室を出ており、人はまばらだ。人が少ない状況で亮を見てると教室で二人っきりになったときを思い出してしまう。奪われたファーストキス。怒りが込み上げてくるけどそれを亮にぶつける気は毛頭ない。気づくと私は亮の元へツカツカと歩み寄っていた。
「このままでいようね」
そう声をかけた途端、亮の表情が凍り付いていく。悪いこと言ったかな?
「同情?」
「違うよ」
亮は呆れたように椅子に深くもたれ掛かると、「フン」と鼻で笑った。それはないんじゃ
「同情だろ……。想いを伝えた相手に同情されるのが一番つらいんだよ」
……っ。
私も和樹くんに告白したとき「これからも一緒にいよう」みたいなことを言われて、すごく心が温まったのを覚えてる。でも亮と私の状況は違う。亮は異性として見たい相手――すなわち私に「好きになれない」ってきっぱり否定されてる。もしも、私が和樹くんに否定された状態で「このままでいよう」なんて言われてたら……同情された、って思う。
「俺は由香と友達以上の関係になりたかったんだよっ、コンチクショウ」
亮は悔しそうにそう言い放つと持つものをもって、すぐさま教室を出て行った。またギクシャクした関係に後戻りしてしまった。亮は……亮のこと友達としては好きだ。私には和樹くんという恋人がいて、異性として見ることはできない。落ち込んでいると真奈美の能天気な声が頭に響いた。
「由香ちゃん、モテモテだねぇ」
「そうだけど……モテるってつらい」
落胆したまま音楽室へ向かい、一歩入るとマイマイの金切り声が頭に響いた。さっきの真奈美の声より頭に響くんですが。
「ゆかー。やっときたね。早く準備しなさい」
ん? いつものマイマイじゃないぞ。相変わらず呼び捨てなのと上から目線は変わらないけど、和樹くん以外のことで私に絡んでくることは珍しい。そんなことを考えているとマイマイに背中を押された。一体何なんだ。調子が狂う。それが気になって、演奏中もちらちら見てたら次の音が何か忘れてしまう事態に陥ってしまった。『譜面を見ていよう』頭の中でぐるぐるとその言葉が繰り返されて、練習したって気にちっともなれなかった。後片付けが終わって解散した。案の定残ったのは真奈美とマイマイだった。今年に入ってから放課後はここでよく三人でいると思う。
「ゆーかー」
その声のほうを向くとマイマイが嫉妬オーラをいつも以上に噴出させていた。
「最近は和樹と仲良いみたいじゃない。あたしより先を越そうなんて許さないわよ」
しつこい。
はぁ……和樹くんにあれだけ言われても懲りないのか。ここは私が一遍たしなめてやろう。この程度で引き下がる人じゃないのは重々承知の上でだ。
「何言ってんの。私はもう和樹くんと付き合ってます」
たしなめるつもりが途中から誇るように変わってしまった。マイマイも真奈美も驚いて大きく目を見開いてる。
「そっ、それがどうしたってのよ! そんなの一時の夢かもしれないじゃない」
さすがのマイマイでも動揺は隠せないみたいだ。これを冗談じゃなく事実として受け止めてるあたり素直なのだろう。本当に冗談じゃなく事実なんだけど。
「この前とはえらい違いだね〜。彼氏なんて呼べないって言ってたのに」
「うん。苦難を乗り越えられると、それは本当の愛になる。ってね」
「由香がそういうこと言うの気持ち悪い」
「そうそう。由香ちゃん悟りの境地入っちゃったね」
うぐっ。二人していじめないでよ。本当のことなんだから。苦難があってそれを乗り越えられるからこそ、愛は再認識できるんだと思う。何の障害もない平坦な道だったら、平凡な恋に終わってしまうと思う。和樹くんと順風満帆に行っていたら今の私たちはないだろう。
「最近は妄想してることも少なくなったよねぇ」
言われてみれば。和樹くんと会うようになってからあまり妄想をしなくなったかもしれない。妄想癖ばらそうと思っていたのに。それは多分
「和樹のこと考えてれば満足?」
「マイマイが言ったことに同意する日が来るとは思ってなかったよ」
「うそぉ〜?」
鈍臭い真奈美がいち早く反応した。ウソでそんなことを言うくらいだったら、もっとマシなウソをつく。
「ウソじゃないって」
「つまり『恋は盲目』期間が終わったらまた妄想の激しい由香に戻るのね」
「こんのっ……」
マイマイに辛辣な指摘をされぶっ飛ばそうかと思ったが、傷害事件を起こしたらあんながんばって和樹くんと付き合った意味がなくなってしまう。……そうじゃなくて! 以外にも的を射た意見に感嘆してしまった。マイマイはこれでも生徒会役員だから頭はいいはずだ。
……おっとそうだ。和樹くんが待ってる。
「じゃあ私は帰るね」
「またあした〜」
「和樹に手を出したら許さないからね!」
マイマイと別れるときはいつもこんな調子だ。無視を決め込んでる。私は颯爽とした気分で音楽室を出た。すると背後から
「本当に付き合ってるのかな?」
「さあ。でも由香に和樹は渡さない」
そんなやり取りが聞こえた。マイマイは私がいないときでもそんなことを言ってるのか。いい加減現実に気づけばいいのに。そう思った私は「ふふ」と笑っていた。
結構話してしまったのか昇降口にはもう和樹くんが待っていた。
「ごめーん」
「気にしないで。オレも今着いたところだから」
これはよくあるパターンだ。本当は長い間待っていても、口では「今着いた」っていうの。額に汗が滲んでいる。ここは風通りが悪いから太陽の光だけ浴びると、真夏より暑いんじゃないかって思う。それで汗かいてるんだ。先に歩き始めた和樹くんの後をパタパタと付いていく。外に出ると風の恩恵を与れる。生暖かい風でも無風状態よりは幾分か暑さも和らぐ。後ろから様子を窺っていると和樹くんはポケットからハンカチを出して額の汗を拭った。いまどき高校生がハンカチを持っているなんて珍しい。私は持っているけど、男の子と女の子じゃ事情も違うだろう。
それにしても、暑い。もう本当に夏を間近に感じられる。夕日と呼べるほど紅くない太陽。確実に日没までの時間が長くなっていってる。空を見るとまだまだ青くて夕刻と呼べるような時間ではない。雲が青い空を遮っている。それはまるで今の私の心のようだ。隠している自分の性格、それが雲。いつか言ってこの雲を消してやりたい。何も隠さないで、青空が全て見えるような透き通る関係でありたい。時は確実に、意味を持って経過している。それはもちろん私たちの関係も同じで、引き寄せあったり離れたり。それでも着実に一歩ずつ……小さな一歩だとしても距離が近づいてきている。
すると、少し歩いたところで
「永沢?」
和樹くんは振り返ると切なそうな顔をした。
「もしかして」
視線を地面に落として、少し躊躇ったけどまた視線を私に戻して続けた。
「オレが永沢のこと……『ゆか』って言わないから怒っちゃった?」
そんなわけない。この前言ったように和樹くんが「由香」って呼べるようになるまで待つって言ったのに。
「ううん、そうじゃないよ。怒ってるように見える?」
「……見える」
怒ってるように見えるとすれば、昇降口のところで和樹くんがウソをついたってことだ。
「まぁいいや」
ホッ。男の子って言ってももう十七歳だ。問い詰められるとちょっと怖そう。和樹くんは再び歩き出す。私はその少し後ろを歩いていると、また和樹くんが振り返った。今度は何だろう?
「隣に来てよ。オレのこと、怖い?」
あ。
……亮。亮のせいだ。ああいうことがあったから、男の人に近づくのは無意識に避けていたのだろう。和樹くんは大丈夫って分かってても……体が。
「昨日、手繋いだよね」
優しい口調だけどちょっと怖い。低い声が怖い。昨日大丈夫だったのは亮のことを忘れたかったから、人と長い間一緒にいたかったんだ。人恋しかったんだ。
でも――これを乗り越えて。相手を信頼して、初めてそこで恋愛になるんだ。
「並んで歩こう?」
和樹くんの眼差しは私の瞳を一直線に見ている。真意だ。そして色々な意味が込められた言葉だと思う。自分が寂しいからじゃない。私のことを想っての深い一言だ。
「うん」
私も、和樹くんも、相手に手を差し出していた。手を繋ぐとどちらからともなく指を絡めあった。和樹くんは頬を少し赤らめたけど、目をそらすなんてことはしないで真っ直ぐ私を見る。私はそれに物怖じしないで見つめ返す。今までこんなことは考えられなかった。こんな至近距離で見ていると……思わず笑いが込み上げてきた。和樹くんもほぼ同時にくすくす笑い始めた。
「あぁ〜、おかしい」
「ほんとだね」
前にいる和樹くんとの距離を詰めて、並んで歩き始める。四回手を繋いでようやく分かった。私はやっぱりニブチンだ。和樹くんは私に歩調を合わせてくれている。やっぱり、優しい。もう傷つく「優しさ」は微塵も感じなくなった。和樹くんを見ると、前をしっかりと見据えていて端正な横顔が更に映える。これからの未来……つらいことや大変なことが待っていると思うけど、それだけ幸せも返ってくるよね。二人で一緒に力を合わせて前に進んでいこう。そうすれば明るい未来が私たちに来るよね。
ね、和樹くん。
「今日は元気だねえ」
亮は肩を落として残念そうに言う。結局、亮は何事もなかったかのように接してくる。立ち直りが早いのか、それとも半ば諦めていたのか。事情は本人にしか分からない。
「おはよう、永沢」
亮に見せ付けるために和樹くんの腕に飛びつこうと思ったけど、やめた。そんなことを教室でやったら他の女子たちにどんな目で見られるか分かったものじゃない。今でもどんな目で見られてるか分かったものじゃない。嫉妬心でメラメラしてそうだ。
午前の授業を受け、お昼は和樹くんと一緒にご飯を食べて、午後の授業を受けた。いつもと変わらない。そして部活の時間になる。教室の出入り口のところで無意識のうちに足が止まり振り返った。それに気づいた真奈美が首を傾げて近づいてくる。
「由香ちゃん、行こぉ?」
「うん」
「教室気にしてどうしたの?」
亮のことが気になって仕方がない。部活をやってないのか、私が吹奏楽のために音楽室に行くときでもまだ教室にいる。亮は机に頬杖をついて外を眺めてる。クラスメイトはもう部活や帰宅で教室を出ており、人はまばらだ。人が少ない状況で亮を見てると教室で二人っきりになったときを思い出してしまう。奪われたファーストキス。怒りが込み上げてくるけどそれを亮にぶつける気は毛頭ない。気づくと私は亮の元へツカツカと歩み寄っていた。
「このままでいようね」
そう声をかけた途端、亮の表情が凍り付いていく。悪いこと言ったかな?
「同情?」
「違うよ」
亮は呆れたように椅子に深くもたれ掛かると、「フン」と鼻で笑った。それはないんじゃ
「同情だろ……。想いを伝えた相手に同情されるのが一番つらいんだよ」
……っ。
私も和樹くんに告白したとき「これからも一緒にいよう」みたいなことを言われて、すごく心が温まったのを覚えてる。でも亮と私の状況は違う。亮は異性として見たい相手――すなわち私に「好きになれない」ってきっぱり否定されてる。もしも、私が和樹くんに否定された状態で「このままでいよう」なんて言われてたら……同情された、って思う。
「俺は由香と友達以上の関係になりたかったんだよっ、コンチクショウ」
亮は悔しそうにそう言い放つと持つものをもって、すぐさま教室を出て行った。またギクシャクした関係に後戻りしてしまった。亮は……亮のこと友達としては好きだ。私には和樹くんという恋人がいて、異性として見ることはできない。落ち込んでいると真奈美の能天気な声が頭に響いた。
「由香ちゃん、モテモテだねぇ」
「そうだけど……モテるってつらい」
落胆したまま音楽室へ向かい、一歩入るとマイマイの金切り声が頭に響いた。さっきの真奈美の声より頭に響くんですが。
「ゆかー。やっときたね。早く準備しなさい」
ん? いつものマイマイじゃないぞ。相変わらず呼び捨てなのと上から目線は変わらないけど、和樹くん以外のことで私に絡んでくることは珍しい。そんなことを考えているとマイマイに背中を押された。一体何なんだ。調子が狂う。それが気になって、演奏中もちらちら見てたら次の音が何か忘れてしまう事態に陥ってしまった。『譜面を見ていよう』頭の中でぐるぐるとその言葉が繰り返されて、練習したって気にちっともなれなかった。後片付けが終わって解散した。案の定残ったのは真奈美とマイマイだった。今年に入ってから放課後はここでよく三人でいると思う。
「ゆーかー」
その声のほうを向くとマイマイが嫉妬オーラをいつも以上に噴出させていた。
「最近は和樹と仲良いみたいじゃない。あたしより先を越そうなんて許さないわよ」
しつこい。
はぁ……和樹くんにあれだけ言われても懲りないのか。ここは私が一遍たしなめてやろう。この程度で引き下がる人じゃないのは重々承知の上でだ。
「何言ってんの。私はもう和樹くんと付き合ってます」
たしなめるつもりが途中から誇るように変わってしまった。マイマイも真奈美も驚いて大きく目を見開いてる。
「そっ、それがどうしたってのよ! そんなの一時の夢かもしれないじゃない」
さすがのマイマイでも動揺は隠せないみたいだ。これを冗談じゃなく事実として受け止めてるあたり素直なのだろう。本当に冗談じゃなく事実なんだけど。
「この前とはえらい違いだね〜。彼氏なんて呼べないって言ってたのに」
「うん。苦難を乗り越えられると、それは本当の愛になる。ってね」
「由香がそういうこと言うの気持ち悪い」
「そうそう。由香ちゃん悟りの境地入っちゃったね」
うぐっ。二人していじめないでよ。本当のことなんだから。苦難があってそれを乗り越えられるからこそ、愛は再認識できるんだと思う。何の障害もない平坦な道だったら、平凡な恋に終わってしまうと思う。和樹くんと順風満帆に行っていたら今の私たちはないだろう。
「最近は妄想してることも少なくなったよねぇ」
言われてみれば。和樹くんと会うようになってからあまり妄想をしなくなったかもしれない。妄想癖ばらそうと思っていたのに。それは多分
「和樹のこと考えてれば満足?」
「マイマイが言ったことに同意する日が来るとは思ってなかったよ」
「うそぉ〜?」
鈍臭い真奈美がいち早く反応した。ウソでそんなことを言うくらいだったら、もっとマシなウソをつく。
「ウソじゃないって」
「つまり『恋は盲目』期間が終わったらまた妄想の激しい由香に戻るのね」
「こんのっ……」
マイマイに辛辣な指摘をされぶっ飛ばそうかと思ったが、傷害事件を起こしたらあんながんばって和樹くんと付き合った意味がなくなってしまう。……そうじゃなくて! 以外にも的を射た意見に感嘆してしまった。マイマイはこれでも生徒会役員だから頭はいいはずだ。
……おっとそうだ。和樹くんが待ってる。
「じゃあ私は帰るね」
「またあした〜」
「和樹に手を出したら許さないからね!」
マイマイと別れるときはいつもこんな調子だ。無視を決め込んでる。私は颯爽とした気分で音楽室を出た。すると背後から
「本当に付き合ってるのかな?」
「さあ。でも由香に和樹は渡さない」
そんなやり取りが聞こえた。マイマイは私がいないときでもそんなことを言ってるのか。いい加減現実に気づけばいいのに。そう思った私は「ふふ」と笑っていた。
結構話してしまったのか昇降口にはもう和樹くんが待っていた。
「ごめーん」
「気にしないで。オレも今着いたところだから」
これはよくあるパターンだ。本当は長い間待っていても、口では「今着いた」っていうの。額に汗が滲んでいる。ここは風通りが悪いから太陽の光だけ浴びると、真夏より暑いんじゃないかって思う。それで汗かいてるんだ。先に歩き始めた和樹くんの後をパタパタと付いていく。外に出ると風の恩恵を与れる。生暖かい風でも無風状態よりは幾分か暑さも和らぐ。後ろから様子を窺っていると和樹くんはポケットからハンカチを出して額の汗を拭った。いまどき高校生がハンカチを持っているなんて珍しい。私は持っているけど、男の子と女の子じゃ事情も違うだろう。
それにしても、暑い。もう本当に夏を間近に感じられる。夕日と呼べるほど紅くない太陽。確実に日没までの時間が長くなっていってる。空を見るとまだまだ青くて夕刻と呼べるような時間ではない。雲が青い空を遮っている。それはまるで今の私の心のようだ。隠している自分の性格、それが雲。いつか言ってこの雲を消してやりたい。何も隠さないで、青空が全て見えるような透き通る関係でありたい。時は確実に、意味を持って経過している。それはもちろん私たちの関係も同じで、引き寄せあったり離れたり。それでも着実に一歩ずつ……小さな一歩だとしても距離が近づいてきている。
すると、少し歩いたところで
「永沢?」
和樹くんは振り返ると切なそうな顔をした。
「もしかして」
視線を地面に落として、少し躊躇ったけどまた視線を私に戻して続けた。
「オレが永沢のこと……『ゆか』って言わないから怒っちゃった?」
そんなわけない。この前言ったように和樹くんが「由香」って呼べるようになるまで待つって言ったのに。
「ううん、そうじゃないよ。怒ってるように見える?」
「……見える」
怒ってるように見えるとすれば、昇降口のところで和樹くんがウソをついたってことだ。
「まぁいいや」
ホッ。男の子って言ってももう十七歳だ。問い詰められるとちょっと怖そう。和樹くんは再び歩き出す。私はその少し後ろを歩いていると、また和樹くんが振り返った。今度は何だろう?
「隣に来てよ。オレのこと、怖い?」
あ。
……亮。亮のせいだ。ああいうことがあったから、男の人に近づくのは無意識に避けていたのだろう。和樹くんは大丈夫って分かってても……体が。
「昨日、手繋いだよね」
優しい口調だけどちょっと怖い。低い声が怖い。昨日大丈夫だったのは亮のことを忘れたかったから、人と長い間一緒にいたかったんだ。人恋しかったんだ。
でも――これを乗り越えて。相手を信頼して、初めてそこで恋愛になるんだ。
「並んで歩こう?」
和樹くんの眼差しは私の瞳を一直線に見ている。真意だ。そして色々な意味が込められた言葉だと思う。自分が寂しいからじゃない。私のことを想っての深い一言だ。
「うん」
私も、和樹くんも、相手に手を差し出していた。手を繋ぐとどちらからともなく指を絡めあった。和樹くんは頬を少し赤らめたけど、目をそらすなんてことはしないで真っ直ぐ私を見る。私はそれに物怖じしないで見つめ返す。今までこんなことは考えられなかった。こんな至近距離で見ていると……思わず笑いが込み上げてきた。和樹くんもほぼ同時にくすくす笑い始めた。
「あぁ〜、おかしい」
「ほんとだね」
前にいる和樹くんとの距離を詰めて、並んで歩き始める。四回手を繋いでようやく分かった。私はやっぱりニブチンだ。和樹くんは私に歩調を合わせてくれている。やっぱり、優しい。もう傷つく「優しさ」は微塵も感じなくなった。和樹くんを見ると、前をしっかりと見据えていて端正な横顔が更に映える。これからの未来……つらいことや大変なことが待っていると思うけど、それだけ幸せも返ってくるよね。二人で一緒に力を合わせて前に進んでいこう。そうすれば明るい未来が私たちに来るよね。
ね、和樹くん。
2008.8.15 了
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